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因果の道理を説かれた本当の目的とは!? [因果の道理]

 (minsukeが書きました)

皆さん、前回の記事「因果の道理」に関しては、
読んでいただけたでしょうか?
(読まれていない人は、「幸せの選択、不幸の選択、あなたはどっち!?」 )
お釈迦さまが因果の道理を説かれたのは、
この世、幸福に生きるにはどうすればいいかを
教えたかったからではありません。
この世の50年、100年など、
あっという間に過ぎ去ってしまいます。
無量寿の仏さまからすれば、
人間の寿命などカゲロウのようなものです。
仏さまであるお釈迦さまが地球にお出ましになられたのは、
そんな50年、100年の崩れるような幸せではなく、
未来永遠の崩れない幸福があるということを
教えるためだったのです。

1000年後も、1万年後も、
未来永遠に幸福になる方法を教えに来たのです。
つまり「阿弥陀仏の本願」に救われれば、
未来永遠の大生命をいただけることを
教えたかったのです。

因果の道理は三世(過去世・現在世・未来世)を貫きます。
この世だけで終わらないのです。
お釈迦さまは、我々の本当の姿を大無量寿経に
説かれています。

心常念悪(心は常に悪をおもい)
口常言悪(口は常に悪を言い)
身常行悪(身は常に悪を行い)
曾無一善(かつて一善もなし)


心で、口で、体で、悪ばかり行い、
かつて一善もやったことがないのが
我々だと言われているお言葉です。
そんな者が一息切れたらどうなるでしょうか。

私たちのやった行為は
目に見えない力・業力となって残り、
決してなくなりません。
悪ばかりやっていて、その業力が我々の本当の心である
阿頼耶識に蓄えられていくのです。

死ねば、その悪業が悪縁と結びついて、因果の道理により、
悪因悪果で我々に返ってくると教えているのです。

だから、必堕無間と言われ、
死んだら八万劫中、大苦悩の地獄に
堕ちるのだと説かれたのです。

(一劫とは4億3千2百万年。八万劫とは、その八万倍の長年月。
お釈迦さまの言われたのは1000年や10000年どころではないのですよ!
人間界は、悪縁がそれほどないので苦しまずにすむだけです。)

それを解決する方法は、
阿弥陀仏に救われるしかないのだ、
だから今生で、弥陀の本願を聞き抜けと
教えに来られたのです。

阿弥陀仏は、生きている今、
もう崩れない絶対の幸福に救い摂り、
死ねば極楽に往生させ仏にしてみせると、
命を懸けて誓われています。

「若不生者 不取正覚」と、
弥陀の18願に誓っておられるのです。
それも聞く一つで救ってみせると誓われているのです。
(なぜ聞く一つで救うと誓われたのか、
それは条件などつけたら誰も救えないからです。
悪しかできない、真実のかけらもない我々には何もできないことなど、
とっくの昔に見抜かれているのです)

我々は阿弥陀仏に救っていただくしか、
死後の地獄を解決する方法はないのです。

地上に出て1週間しか生きられないセミには、
10年、100年が分かりません。
我々は仏さまから見れば、セミのようなもので、
我々の生命は、始まりがなく終わりがないものと
教えられてもピンときません。
地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上界の
心が作り出す迷いの世界を巡っていて、
しかも、三悪道(地獄・餓鬼・畜生界)ばかりで
苦しんできたことなど、知る由もありません。

(『涅槃経』には、
「人趣に生まるるものは、爪の上の土のごとし。
三途に堕つるものは、十方の土のごとし」
人間に生まれるものは、爪の上の砂のように少なく、
三悪道(地獄・餓鬼・畜生に苦しみの世界)に堕つる者は、
大宇宙の砂の数ほど多いと教えています。)

それは人間界に生を受けて、
その時にできた頭で考えるから分からないのだと、
お釈迦さまは教えられます。

仏とは、さとりの52段の一番上の仏覚を悟られた方です。
悟りとは、一段違えば我々凡夫と虫けらよりも
知恵が違うといわれます。
お釈迦さまは、我々とは52段も違うのです。
仏の知恵を体得されたから、我々が六道輪廻し、
生死を繰返し苦しみ続けているのが分かるのです。

(今回、参考に以下の記事を案内しておきます。
心の行いが一番重要なのです。
口や身体に命令をくだすのは心だからです。
口や身体は心の奴隷に過ぎないからです。

我々はみな極悪人である!
地獄行きの本性


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PENGUIN

いつもためになるお話をありがとうございます。
by PENGUIN (2014-03-12 21:11) 

minsuke

PENGUINさん、コメントありがとうございます。
仏教の真髄を理解していってくださいね。
弥陀に救われている先生でないと、
真実の仏教は説けないのです。
この記事は私がすべて書いたものです。
性格的に、人にどうこうしましょうとは
なかなか言えるタイプではありません。
しかし、ことがことだけに、呼びかけないとおれないのです。
重大事があるのです!
読んで理解していってくださいね。
by minsuke (2014-03-12 23:17) 

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