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日蓮は仏教を謗りまくった人! [日蓮]

       

         関東に日蓮現る

鎌倉で布教を始めた日蓮は、
「念仏を称えたら地獄へ堕ちるぞ」
と、激しく浄土教を批判した。

●鎌倉で日蓮が布教を始める

親鸞のいなくなった関東では、
同行たちの信仰を惑乱する、
種々の事件や問題が起きた。
その一つが、日蓮の登場である。
日蓮は、建長6年(1154)ころから鎌倉で布教を始めている。
『法華経』こそ最高の経典だと主張する一方、
浄土教を激しく非難した。
やがて正嘉元年(1157)から文応元年(1260)にかけて、
地震、暴風、洪水、疫病、飢饉が頻発し、死者が続出した。

その原因を日蓮は『守護国家論』や『立正安国論』で、
法然の浄土教に人々が帰依して、
『法華経』を捨てたからだと論じた。
日蓮はこれらの書を権力者に差し出し、
浄土経の支援を禁止し、『法華経』を信じなければ
内乱が起き、他国の侵略を受けることは間違いないと迫った。
幕府は、これを幕府の政治に対する批判と見て、
日蓮を伊豆に流刑にしている。

●仏教をそしり散らした日蓮

日蓮は生涯に2回、流刑に遭っているが、
主張はますます過激になり、
「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」という
「四箇格言」を叫んだ。

これは
「念仏称えるやつは無間地獄に堕ちるぞ、
禅宗の者たちは天魔じゃ、
真言宗のやつらは国を亡ぼすぞ、
律宗は国賊じゃ」
と、当時盛んだった仏教の諸宗をそしり散らしたのである。

「無間地獄」とは、経典に説かれるさまざまな地獄の中でも、
最も苦しみの激しい世界をいう。
間断なく大苦悩を受け、苦しみに休まる間がないので
「無間地獄」といわれる。
「念仏は地獄往きの業(行い)である」と、
各地を熱烈に触れ回る日蓮を、
最初は誰も相手にしなかったが、
人々の間に、次第に動揺が広がっていった。

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浄土教をそしり続けた日蓮

「念仏無間」という日蓮の主張は、
一切経に根拠のないものである。
親鸞は、関東の同行に手紙を出して、
釈迦の教えを明らかにした。

●一切経に根拠のない日蓮の教え

日蓮は『法華経』が最高の経典だと主張したが、
『法華経』には、どうすれば仏に成れるかは説かれていない。
そこで日蓮は、題目(南無妙法蓮華経)を唱えることだけが、
仏になる唯一の道だという「唱題成仏」を説いた。
だが「南無阿弥陀仏」は経典にははっきり説かれているが、
「南無妙法蓮華経」という言葉は、
一切経のどこにも出てこない。
これは日蓮の作り出した造語である。
「念仏無間」もまた、日蓮の考え出した説であり、
釈迦の教えではない。
『観仏三昧経』には、釈迦が臨終の父・浄飯王に、
念仏を勧めたことが説かれている。
念仏が地獄行きの業(行い)ならば、
父王に勧めるはずがない。

釈迦は、念仏をそしる者は無間地獄に堕ちて、
八万劫(一劫は4億3千200万年)という長い期間、
苦しみ続けなければならないと、
『観仏三昧経』その他の経典に説いている。

親鸞は、「哀れな日蓮よ。
念仏誹謗する者こそ無間地獄に堕在して、
八万劫の間、大苦悩をまぬがれることはなかろう」
と悲しみ、何度も関東へ便りを出して、
弥陀の本願の徹底に心を尽くした。

●仏教を聞く目的は何か

仏教の目的は、「後生の一大事」の解決といわれる。
後生(死んだ後)が無いのか、有るのか、
有るとすればどんな世界か、
これが分からずに後生へと飛び込んでいくほどの大問題はない。
これを後生の一大事という。

もし日蓮のいうことが本当であれば、
取り返しのつかないことになる。
関東の同行は、ここ一つはっきりさせたいと、
一層真剣に仏法を聞き求めた。

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タグ:日蓮
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