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釈迦はいかにして仏になられたか [釈迦]

動画を観られるとよく分かると思います。
(真実の仏法を説いてくださっています)
また、真実の仏法は慈悲でいっぱいなので癒されますし、
生活の指針にもなるので役立ちます。
そういう意味でも見られるといいですよ。
ブッダが家族を捨てた驚きの理由とは


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(真実の仏教を説かれている先生ご執筆の『とどろき』より載せています)


仏教とは仏の教えである。
仏教を理解するには、
最初に「仏」とは何かを知らねばならない。

世間の常識では「仏」と言えば
「死んだ人」のことのように思われている。
テレビの捕物帳、刑事物では、必ず殺人事件が発生し、
主人公が来て、「この仏の身元は分かったか」などと言う。
犯人が捕まらなければ、「これでは仏が浮かばれない」
逮捕されれば「これで仏も浮かばれる」という具合である。
「死んだら仏になる」というのは、大変な誤解である。
単純に考えても仏が死人ならば、
仏教は「死人の教え」となってしまう。
死者が仏教を説けるはずもなく、
何かがおかしいと気づいて当然だ。
死人が仏ではないのである。

無上の覚(さとり)・仏

では仏教でいう「仏」とはどのような方か。
「仏」とは、さとりの名称である。
仏教では「さとり」にも低位のものから最高位まで、
五十二の位があると説かれている。
これを「さとりの五十二位」という。

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それぞれの位に独特の名称がついており、
例えば、天台宗の開祖・天台は、
下から九段目の「五品弟子位」までさとっている。
中国の南嶽慧思(なんがくえし)は、
その上の「六根清浄位」に至っており、
『正信偈』に登場するインドの龍樹菩薩は、
最初、難行の末に四十一段目の「初歓喜地」まで到達している。
五十二段のいずれにも、このような名称があり、
この中の最高位を「仏のさとり」と言うのである。
究極のさとりであり、
全仏教徒は、最終的にここを目指すのだ。


故に仏のさとりには次のような数多くの異称がある。
仏覚・・・仏の覚(さとり)
妙覚・・・絶妙な覚
無上覚・・無上の覚、これ以上は無い。
大覚・・・大いなる覚
正覚・・・正しい覚
この仏の覚(さとり)まで到達された方のみを
仏教では「仏」と言うのである。



釈尊のご生誕

では人類史上にそのような方がおられるのか。
今日まで、この世で仏の覚に至った方は、
釈尊ただお一人である。

末法の時代ともなれば、少しばかりの修行で慢心し、
「我は仏の覚をえた」と大言して大衆を惑わす者が多く現れる、
と経典に説かれており、
好実例として「我は最終解脱者なり」と吹聴した
麻原彰晃などがいる。
これらは論外だが、
なにしろ「釈迦の前に仏なし、釈迦の後に仏なし
と言われるように、釈尊のみである。

そこでまず、釈尊がいかにして仏のさとりに到達されたのか、
知る必要がある。
釈尊は、約二千六百年前、
インドに誕生された。
父を浄飯王、母はマーヤ夫人
といい、
住む城をカピラ城、その国名をカピラエ国と言った。
ヒマラヤ山麓に位置したカピラエ国は、ちょうど、
千葉県程度の広さの国であり、
決して大国ではなかった。
部族名を釈迦族と言い、
釈尊はそこに君臨する国王夫妻の王子として
生を受けられた。

久しく子供に恵まれなかった夫妻であるが、
白象が体内に入る夢とともに懐妊した。

出産が近づき、居住するカピラ城から、行列を連ねて、
夫人の実家であるくり城に向かわれる途中、
ルンビニー園という花園で休息し、そこに咲く、
純白で香りの良い無憂樹が、余りに綺麗であったので、
一枝、手折ろうとされたとき、急に産気を感じ、
王子を出産されたのである。

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ときに四月八日、百花繚乱の花園にちなんで、
釈尊の誕生を祝う行事を
「花まつり」と称するようになった。
そのままカピラ城に戻られたマーヤ夫人は、
難産だったため、
産後七日目にして逝去しておられる。

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文武に秀でた太子

待望の太子に恵まれた浄飯王は、
悉達多太子と命名した。
その喜びから、占い師のアシダ仙人を招いて
太子の将来を占わせた時、太子を一目見た仙人は、
思わずホロホロと落涙した。
王は「不吉な涙を見せるとはけしからん」
と激怒したが、仙人は言う。
この太子さまは、ただ人ではありません。
王位を継承されれば、
世界を治める転輪王(てんりんのう)となられましょう。
出家されれば、必ず、無上の覚を開かれるでしょう。
どうもそちらになられるように感じますが、
すでに余命のない私は、この方が、無上の覚を開かれ、
尊い教えを説かれるのを聞かずに
死んでゆかねばならないのです。
それが残念なのです。


やがて浄飯王は、太子を優れた後継者とすべく、
太子七歳の折、当時有名な学者バッダラニーと、
武芸の達人、センダイダイバーを文武の師として城に招き、
英才教育を開始した。

ところが、悉達多太子の聡明さは、
一を聞いて十を知り、十を聞いて百を知る。
武芸両面にも抜群の能力を示して、
たちまち、両師を越えてしまった。
ほどなく、両師が、辞職を願い出ていることからも、
いかに利発であったかがうかがえる。

弱肉強食の世界

悉達多太子十二歳の時、一つの事件が起こった。
春を迎えたある日、
城外で豊作の祈る耕転祭(田起こしの儀式)が行われた。
浄飯王が鍬を打ち込んだ後、掘り起こされた土の中から、
小さな虫が顔を出した。
すると、それを見つけた小鳥が飛んできて、
虫をくわえて飛びたった。
するとさらに、一羽の鷲が急降下して、
その小鳥を爪の間にしっかりとらえて、
いずこともなく飛び去ったのである。

一瞬の出来事に太子は呆然とする思いであった。
「地獄・・・」とつぶやいたかと思うと、
近くの大樹の下に座し、瞑想されるのであった。
「弱肉強食は自然の法則、生きるためには、
やむを得ないことなのか・・・」
すでにバッダラニーの指導により、
バラモンの根本経典である『ベーダ』を、
暗誦するほどに学んでおられた悉達多太子は、
これを契機として思索に耽ることが多くなっていった。

太子のご結婚

成長されるに従ってその傾向は強くなり、
浄飯王としては、アシダ仙人の予言が思い出されてならない。
結婚させれば、太子の憂いも晴れるだろう、
との思惑より、浄飯王は、当時、才色兼備と評判の高かった
麗人・ヤショダラ姫を太子の妃としてカピラ城に迎えようとした。
ヤショダラ姫を巡っては、
従兄弟の提婆達多(ダイバダッタ)との間に
恋い争いがあったと伝えられている。

浄飯王が、ヤショダラ姫の父親、
くり城の善覚王に婚儀を申し入れたとき、
善覚王は、
「当城の掟として娘を嫁に遣わすには、
相手が武芸の達人に限る、となっている。
もし娘をお望みならば、技能のほどを示してもらいたい」
と答えた。
提婆達多(ダイバダッタ)もヤショダラ姫への思いを
寄せていたので、
両者が武芸で競うことになったが、
所詮、提婆達多は悉達多太子の相手ではなかったという。

ヤショダラ姫との結婚により、
一時は、煩悶を忘れて、
快活に振る舞うようになった太子だが、
長続きはしなかった。
約一年後、ヤショダラ姫が男子を出産した。
使者からそれを聞かされた太子は、
「ああ、ラーゴーラが生まれたか」
と一言だけ言われた。

「ラーゴーラ」とは「支障」を意味する。
子は三界の首かせ、
自分が真理を求めるのを束縛する者が現れた、
との意味である。
太子の心が分からぬ使者は、生まれた子に
“ラゴラ”と名付けよとの思し召しと解釈して帰ったので、
王子は「ラゴラ」と名付けられてしまった。

四門出遊
    逃れられぬ老・病・死

太子の人生への疑問をさらに深めたのは、
有名な四門出遊の出来事である。

ある時、東の城門を出られた太子は、腰曲がり、
杖にたよって歩く老人の姿を見て、
人間、誰しもが、あのような老苦
あわねばならぬのだと痛感なされた。

また南の門を出て路傍に苦しむ病人をご覧になり、
病苦からも逃れ難い人間の姿を凝視なされた。

西門から出遊いた折には、葬式の行列に遇い、
万人にとって死苦の避けられないことを実感し、
愕然となされたのだ。
最後に北門を出られたとき、
法服修行の出家を見て、
自分の歩むべき道が、どこにあるのか、
さとられたのであった。

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煩悶を重ねる太子を心配した浄飯王は、
四季の御殿を建立し、
五百人の美女を侍らせ、
昼夜、歌に踊り、豪勢な食事と、
贅の限りを尽くして太子を慰めようとした。

しかし、世の無常の真実を知らされた太子にとって、
五百人の美女すら、
心からの喜びを与えるものではなかった。

二十九歳、出家

ある真夜中、ふと太子が目を覚まされると、
四辺に美女たちが、昼間の容姿は見る影もないありさまで
眠りこけていた。
いびき、歯ぎしり、よだれをたらしながら寝ている者、
昼に演じる天女の美しさはどこへやら、
生々しく無惨な醜態に、
太子は迷いの夢さめた思いであった。


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「自分はだまされていた。
これこそ彼女たちの真の姿だ。
これ以上、無駄に月日を送ることはできない」
知らずに眠りに伏すヤショダラ姫に心の中で別れを告げ、
白馬に乗って、王城を抜け出されたのである。
太子、二十九歳、二月八日のことであった。

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途中、自ら髪を剃り、太子の衣冠を脱ぎ捨て、
一僧侶となって、尼連禅河の東岸や、
苦行林などの修行の地で、無師独悟を決意し、ひたすら、
さとりを求めて精進されることになった。

太子の姿のないことを知った城内は大騒ぎとなり、
浄飯王は家来の橋陳如(きょうちんにょ)に、
太子を捜し出し、城に連れ戻すように命じた。
橋陳如は必死の探索の末、
カピラ城から実に四百キロ以上も
離れた苦行林に太子の姿を発見した。

「太子さま、捜しましたぞ。
どうか私と共に城にお戻りください。
国王も、お妃様も家来も国民も、みな案じております」
「いや、私は決して城にはもどらない。ここで修行を続ける」
「太子さま、なぜそのような苦しい修行を
なされなければならないのですか。
世に出家し、宗教に救いを求めるのは、
老人、病人、貧しい人と決まっています。
若くて健康で、衣食住何不自由のない、
太子さまが、なぜ・・・」

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橋陳如よ、そなたにはわからないのか。
この激しい無常が。
この世の一切は常が無いのだ。
若きを愛すれど、すぐに老いてしまう。
地位権力とて、いつまでも保ち続けることはできない。
城中での栄耀栄華も、
死に臨めば、何の喜びにもならないのだ。
いつくずれるか分からぬはかない幸福に
酔っているのは愚かなことだ。
私は何物にも揺らぐことのない
絶対の境地を求めねばならないのだ


悉達多太子の決心は盤石であった。
橋陳如を退け、六年間にわたる難行が始まった。
当時の苦行とは、いかなるものか。
食を断つ。極寒に身をさらす。熱火に身をあぶる。
いばらの上に身を横たえる。
木の枝を大地に敷き、その上で座禅する、などである。
悉達多太子は断食によって身体が極端に衰弱していった。

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後年、釈尊は当時を述懐し、
中部経典に次のように述べておられる。
私の体は少食のため、極めてやせ衰えた。
我が肢節は、カーラ草のようになった。
臀部はラクダの足のようになり、背骨は紡錘の連鎖のように
凹凸のあるものとなった。
わが肋骨は腐食し、破れてしまった。

わが瞳の光は深くくぼんで見えた。
わが腹皮は背骨に密着してしまった。
わが身毛は、腐食したその根とともに体から脱落した」
骨と皮にやせ衰えるまで、修行なされたのである。


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大悟徹底される

およそ過去の、激苦激烈な苦行を修した者で、
われは最高の苦行者であり、
われ以上の苦行者はなかった。
およそ未来においても、現在においても、
われ以上の苦行を修するものはないであろう。
かかる苦行を行っても特殊な最高の聖智見(せいちけん)に
到達することができなかった。
おそらく苦行は菩提に至る道ではなく、
最高の道はほかにあるであろうと思った

          (バーリ聖典・中部)

六年間の修行により、
苦行によって最終的な悟りは得られないと
知らされた悉達多太子は、
意を決して苦行主義を捨てられ、
単身、苦行林を脱出された。

そして苦行によって衰弱した心身の力を回復しなければ
正しい智恵が生じないと考え、
尼連禅河(にれぜんがわ)に入って水浴し、
垢を除き、身を清められた。
ところが、疲れきった太子は、沐浴のあと、
岸にはい上がる力もないほどであった。

折から通り合わせた乳買いの娘、
善生女(ぜんしょうにょ)に、
太子は一杯の乳糜(ちち)の布施を請われたが、
苦行にやつれ果てたとはいいながら、
たぐいまれな尊い太子の姿に、
善生女は喜んで乳糜を施したのである。

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それによって太子は何とか体力を回復し、
尼連禅河のほとり、
仏陀伽耶(ぶっだがや)の菩提樹の下に
金剛宝座を造り、これに結跏趺座(けっかふざ)して
「我、正覚を成ぜんずば、ついにこの座を起たず」と、
異常な覚悟とともに、
最後の修行に臨まれたのである。

以来、七日間、
悉達多太子の孤独な精神の闘いが続行された。
この間、心中に幾多の魔が起こり、
美女愛欲の誘惑、権力や財物に関する煩悩が生じ、
仏典はこれらを外的に描き、悪魔波旬(あくまはじゅん)が
襲来したと記している。

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静かなる山の如く、深遠なること海の如き、
太子の忍耐と剛毅は、ことごとくこれを征服。
遂に三十五歳の十二月八日未明、
一見明星して大悟徹底し、
三世十方の実相を諦観(たいかん)せられ、
三界の大導師たる仏陀となられたのである。

まさに成仏得道、無上覚を究め、
悉達多太子はこの一刹那、
仏陀釈迦牟尼世尊となられたのであった。

釈迦牟尼世尊とは「釈迦族の聖者」との意味であるから、
釈迦とは本来は、
浄飯王が統率していた部族の名称である。
仏となられた釈迦は、数週間、
自らが悟られた境地の余りの素晴らしさを楽しまれたが、
やがて、全人類救済の大道である
仏教の布教伝道を開始され、
八十歳二月十五日に入滅されるまで、
説き続けられた。
その教法が、世界最高の宗教、
仏教なのである。

タグ:釈迦 仏教

遇いがたき師主知識のご恩 [善知識]

動画を観られるとよく分かると思います。


(真実の仏法を説いてくださっています)


また、真実の仏法は慈悲でいっぱいなので癒されますし、


生活の指針にもなるので役立ちます。


そういう意味でも見られるといいですよ。


「仏法はこの人から聞け」正しく仏教を説く人(善知識)の特徴.


 


https://www.youtube.com/watch?v=yGCSkNGSS7E


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(真実の仏教を説かれている先生ご執筆の『とどろき』より載せています)



如来大悲の恩徳は
身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も
骨を砕きても謝すべし

       (親鸞聖人・恩徳讃)
阿弥陀如来の洪恩は、
身を粉にしても報い切れない。
その弥陀の大悲を伝えてくだされた方々のご恩も、
骨を砕いても済みませぬ


法話の最後に歌われる親鸞聖人の「恩徳讃」。
短いお言葉に、私たちの人生を左右する
大切なメッセージが込められています。
その「如来大悲の恩徳(本師本仏の阿弥陀如来のご恩)」について、
昨年の11月号からお話ししてきました。
では、「師主知識の恩徳」とは、どういう意味なのでしょう?
すべての人にとって、とても大事なことですので、
今回から学んでいきましょう。

●師主知識とは?

「師主知識」の「知識」とは、“健康の基礎知識”といわれるような
「知識」ではありません。
この「知識」は仏教用語で、
仏教を伝える先生」という意味です。

親鸞聖人が、師主知識に巡り遇えた感激を、
みずみずしく詠い上げられた、このような『和讃』があります。


真の知識にあうことは
かたきが中になおかたし
流転輪廻のきわなきは
疑情のさわりにしくぞなき(親鸞聖人)

苦しみの根元は“疑情”と説く、
真の仏教の師(師主知識)に遇うことは、
難しい中にも難しい

「正しい仏教の先生・師主知識」にお遇いすることは、
希の中にも希であると、親鸞聖人は言われています。
こう聞かれると
うちの町にも坊さんはいる。
なぜ遇うのが難しいのだろう?」
と首を傾げるかもしれません。

確かに、日本の寺院数はコンビニの2倍、
約7万6000か所といわれます。
僧侶と名のつく人は、ほとんどの町にいるでしょう。
しかし問題は、
その人たちが、どのようなことを教えているか、です。

実態はどうでしょう。

●なぜ遇い難い、真の知識

数年前、NHKの『クローズアップ現代』で、
最近の寺について次のようなことが語られていました。
「お坊さんも世襲になってきて、
家業になってしまっている。
本当に仏教のことを信じているお坊さんは、
そんなに多いのだろうか」
「葬式、法事が『商品』のように扱われるようになったと思う」
「『生き残れるか仏教』というテーマで講師をやって、
さあ、皆さんどうですかとお坊さんたちに聞くと
『いやー、うちの寺の経営が』とか、
『檀家さんが少なくなってきて』と、
寺の経営のお話しをまず第一にします。
けれども、我々からすると、
『生き残れるか仏教』というのは寺が潰れるかどうかの話ではなくて、
これだけ苦しみの多い現代社会で、
果たして仏教は我々を救ってくれるのだろうか
(ということが問題なのです)」

また、このような統計も紹介されていました。

○仏教に良いイメージを持っている人・・・約90%
○寺に良いイメージを持っている人・・・・約25%
○僧侶に良いイメージを持っている人・・・約10%

そして、こう語られていました。
「(この統計結果を)一言で言えば、
お寺とかお坊さんは
仏教をやってないんじゃないかということですよね。
仏教にはいいイメージがあるわけだから」

実際、仏教と聞くと、何が思い浮かぶでしょうか。
葬式や法事・読経ばかりの葬式仏教、ゴマを焚いたり、
柱にスリスリ触れば幸せになれるというゴ利益仏教、
数年に一度のご開帳と宣伝して伽藍や仏を見せ物にする観光仏教、
信仰より社会事業を重視して、
学校や幼稚園経営に奔走する事業仏教、
境内を駐車場に貸し、学校教師などになって衣食する二股仏教、
祖師や中興の法要にかこつけて、金集めする遠忌仏教などなど。

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もちろん、それらは論外ですが、
欲や怒り、ねたみそねみの煩悩を苦しみの元と教え、
それらにどう向き合えばよいかを説く僧は、
今でも少しはあるでしょう。
しかし、親鸞聖人は、
「真の知識とは、
『流転輪廻のきわなきは、疑情のさわりにしくぞなき』と、
説かれる先生のことである」

と明言されています。

実は、葬式を生業としたり、
倫理道徳を語るだけの僧侶は、
真の知識とはいわれないのです。
では、
「流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき」
とは、どういう意味なのでしょう。

●きわなき流転輪廻

「流転輪廻」とは、同じところをグルグル回り、
果てなく迷い苦しむこと。

“真の安心・満足”というゴールなきレースが人生なら、
誰しも、死ぬまで苦闘を続ける悲劇で終わります。
室町時代の禅僧・一休は、こう歌いました。

「人生は
喰て寝て起きて クソたれて
子は親となる 子は親となる」

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一生を煎じ詰めれば、台所で食べ、
便所で出す、寝たり起きたりのフトンの上げ下げにすぎぬ。
やがて子が親となって死んでいく。
「結婚や出産は人生のイベントにすぎなかった。
終わったら単調な日々が繰り返されるだけ」
「楽しいのはほんのしばらく。
スグに色あせ、幸福はすぐに、“スタートに戻る”」
と、
500年後の現代人からも、
変わらぬ「流転輪廻」の嘆きが聞こえてきます。
着実に重ねたのは年齢。
けれど、いまだに人生のゴールは見えてこない。
「『日暮れて、道遠し』とはこのことか」
と実感している人も少なくないでしょう。
ある新聞に、こんな記事が載っていました。
「特別に楽しいことも悲しいこともなく、
平々凡々に生きてきて、疲れもたまっているが、
子供の手も離れ、ようやくこれから私の人生に・・・
というところで、舅に先立たれた姑が家族に加わった。
手に入れたマイホームには、
ローンと積み増された『老い』だけが残された」
そしてこの主婦は、決意して12日間のヨーロッパ旅行に行ったが、
旅が終われば、また日常のため息に逆戻りしたといいます。

急速な科学の進歩により、生活は大きく変わった。
部屋には冷暖房、飛行機に乗れば7時間でアメリカへ。
無料の国際電話サービス。
トイレに行けばウォシュレットが心地よい。
昔と比較にならぬ豊かさと快適さを手にした。しかし、
「マリーアントワネットも馬車で移動したのに、
私は車だなんて、とっても幸せ」
「始皇帝はウチワで涼んでいたのに、
クーラーがある僕は何と幸せ者だろう」
と喜ぶ人がどこにあるでしょう。
かつての王妃や皇帝以上の幸せを手にしても、
今日は全て「当たり前」で、
幸せ感がどこにもありません。
まさに「有無同然」の仏説どおりなのです。

何ごとも原因を間違えれば大変で、治る病気も助からない。
腹痛も、胃潰瘍か、ガンか、神経性か、はたまた、
ただの食べ過ぎか、正しい診断がなければ、
的確な治療は望めず、苦しみは除かれません。
胃ガンを潰瘍と誤診したら命取り。
治療の先決問題は、だから原因の究明でしょう。

人生にむなしさや苦しみを感じる私たちも同じです。
趣味に没頭しても、自己啓発セミナーに通い詰めても、
成功を手にしても、なぜか底知れぬ寂しさ、
むなしさがなくならない。
「人間に生まれてよかった」
の生命の歓喜がないのはなぜか。
どんなに文明文化を進歩させても、幸せは進歩せず、
人類は、原因不明のまま、暗い森をさまよっているのです。

しかも、その迷いの深さは私たちの想像を超えています。
お釈迦さまは、
「人は皆、生まれては死に、生まれては死に、
果てしのない過去から生死流転の迷いを重ねてきたのだ」
と教えられています。

迷いの世界は大きく分けると6つあると説かれ、
これを六道とか、六界といわれます。
次の6つの世界です。

地獄界・・最も苦しみの激しい世界。
      八大地獄が説かれている。
餓鬼界・・食べ物も飲み物も皆、炎となって食べられず、
      飲まれもせず、飢えと渇きで苦しむ世界。
畜生界・・犬や猫、動物の世界。
      弱肉強食の境界で、常に不安におびえている世界。
修羅界・・絶えない争いのために苦しむ闘争の世界。

人間界・・苦楽相半ばしている、我々の生きている世界。
天上界・・六道の中では楽しみの多い世界だが、
      迷界に違いなく、悲しみもあり寿命もある。
これらの世界を、際限なく回る車輪のように、
私たちは輪廻してきたのです。

ここまでくると、どんな哲学者も思想家も、
苦悩の謎の解明はお手上げでしょう。
そんな中、親鸞聖人は、苦しみやまぬ相(すがた)
を、
「きわなき流転輪廻」と一言されたうえで、
その元凶を鮮明にされ、未来永遠の幸福になれる法を
説き開かれたのです。

一体、私たちの苦しみの根元は何だと、
親鸞聖人は教えられているのでしょうか。

●まったく意外な苦悩の根元の正体

私たちが最も知りたい、知らねばならない苦悩の根元を、
親鸞聖人は、こう断言されています。
「疑情のさわりにしくぞなき」(疑情一つである)
疑情とは「阿弥陀仏の本願を疑う心」のことです。

では阿弥陀仏の本願とは何でしょう。
大宇宙最尊の阿弥陀仏は、
「煩悩具足の者を絶対の幸福(往生一定)に一念で救い摂り、
来世は必ず極楽浄土へ生まれさせる」
と誓われています。
これが世に聞こえた「阿弥陀仏の本願」です。

「本願」とは「誓願」ともいわれ、
三大古文に数えられる『歎異抄』は
「弥陀の誓願不思議に助けられまいらせて往生をば遂ぐるなり」
と書きだされています。
煩悩」とは、あれが欲しい、これも欲しいという貪欲
カッと腹立つ瞋恚、うらみねたみの愚痴などをいいます。
「具足」とは、100パーセントということですから、
「煩悩具足」とは、煩悩100パーセント。
煩悩でできているのがすべての人だ、
と阿弥陀仏は見抜かれ、
そんな「煩悩具足の者を救う」と誓っておられるのです。


親鸞聖人は、この阿弥陀仏の本願を大船に例えられ、
その大船に乗せていただいても、
私たちの煩悩は全く変わらない、と仰っています。
仏法を聞いたら、欲が減ったとか、腹が立たなくなった、
と思っているのは自分の本当の姿を知らないのです。
「煩悩は臨終の一念に至るまで、止まらず消えず絶えず」
と親鸞聖人が仰るように、死ぬまで減りもしなければ、
なくなりもしない。
だから人間は「煩悩具足」、煩悩の塊と言われるのです。
「かわいそうだなぁ、せっかく人間に生を受けながら、
生命の歓喜を知らぬとは。
罪悪深重の己の実態も知らず、罪を重ねて、
またしても苦患に沈もうとしている。
とても放っておけぬ。見捨てておけぬ。
何としても助けてやろう」
と、大宇宙でただお一人立ち上がってくださったのです。

そして
「煩悩具足のそのままで、一念で大船に乗せて(絶対の幸福)、
必ず極楽往生へ連れてゆくぞ」
と誓われたのです。
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例えていえば、私たちは100トンの石。
そのままならば必ず水に沈む。
しかし阿弥陀さまは、その大石をそのまま大船に乗せ、
重さ100トンのままで水に浮かばせ、
向こう岸(極楽浄土)に渡してくださるのです。
この弥陀の願船に乗せていただけば、
この世から「往生一定」の身になる。
往生一定とは、いつ死んでも、極楽浄土へ往って、
阿弥陀仏と同じ仏に生まれるとハッキリした(一定)ことです。
大船に乗せていただけば、苦しみの六道から出離し、
2度と迷わぬ身になれるのです。

ところが、こう聞きましても、私たちは、
自分が煩悩具足とは毛頭、思えない。
そんな者が、煩悩具足のままで往生一定に救われるとは信じられません。
この「阿弥陀仏の本願を疑う心」のみを「疑情」といいます。

この疑情が晴れぬ限り、何が、どんなに恵まれても、
人生苦の根本はなくなりません。
弥陀の本願を疑っている限り、
自分が死んでどこに行くのか、さっぱり分からず、
生死流転を繰り返すからです。

そのことを親鸞聖人は
「流転輪廻のきわなきは 疑情のさわりにしくぞなき」
と仰っているのです。
これは、

「真の知識にはめったに遇えないそうですよ」
と他人事のように言われたのではありません。
幸いにも親鸞、弥陀の誓願不思議を説き切られる師主知識、
法然上人にお遇いできた。
弥陀の広大な救いにあずかることができた。
ああ、なんと幸せ者なのか

とのお言葉なのです。
誰しも、際もなき流転の真因を知り、
取り除いていただいてこそ、永久に輝く生命が開けます。
「仏法は聴聞に極まる」
仏法は「苦悩の根元は疑情」と説く
真の知識(師主知識)から、
真剣に聞かせていただかなければなりません。

なぜ死んではいけないの? [なぜ生きる]

動画を観られるとよく分かると思います。

(真実の仏法を説いてくださっています)

 また、真実の仏法は慈悲でいっぱいなので癒されますし、

 生活の指針にもなるので役立ちます。

 そういう意味でも見られるといいですよ。


 【なぜ自殺してはいけないのか】.世の中によくある3つの答えと仏教の答え


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



日本の自殺者は毎年三万人前後います。
毎日、九十人もの人が、
自らの命を絶っていることになります。
「こんなに苦しいのなら、死んだ方がましだ」と
考えている自殺予備軍は、その何倍いるか分かりません。
「死なないで。頑張って生きよう」と言われます。
では、何故死んではならないのでしょう。
生きて、本当に幸せになれるのでしょうか。
親鸞聖人にお聞きしましょう。


●私の命が尊いと思えない
        なぜ、命は大切なの?

命は大切だ。命を大切に。
そんなこと何千回何万回言われるより
「あなたが大切だ」
誰かがそう言ってくれたら
それだけで生きていける。

          (公共広告機構のCM)

テレビで流れるこの言葉にドキッとした人も
多いのではないでしょうか。

「かけがえのない命を粗末にしてはいけない」
とよく言われます。
しかし、心から、「私の命は大切だ」
と実感している人は、
一体どれだけいるのでしょうか。


『朝日新聞』に、こんな投書が寄せられました。

着たくもない窮屈な制服着せられて、
受けたくもないつまらない授業を受けさせられて、
やりたくもない部活をやらされて、
家に帰っても宿題とか家事とかいっぱいあって、
だーれも生きた心地なんてしていないのに、
『命の大切さ』なんて口先だけで教えられたって
実感なんて持てない

              (高校生17歳 千葉県)

自殺や人命軽視の事件が起きるたび、
「命の尊さを伝えなければ」と繰り返されています。
ところが「命を大事にしよう」「自殺してはダメ」
と生徒に広言していた校長先生や、
大衆に訴えていた著名人までもが、
自身が耐えがたい困難に直面した時、死を選ぶ。

「あれは建前だったの?」
と子供でも思ってしまいます。


夫を自殺で亡くしたある女性は、
「夫は私に、『自殺は絶対にいけないことだ』
と言っていた人だったから、
絶対に立ち直ってくれると思っていました。」
と書いています。

他人の自殺を止めている人も、
「だから命は大切だ」という明確な解答を
持ち合わせてはいないようです。

自殺する人を止める人も、
命の重さが分からない。

地球より重い私の命だと納得できれば、
自ら捨てようとはしないはずです。


一億円の宝くじの当選券を大事にするのは、
一生働いても得られない価値があると思うからでしょう。
ハズレくじなら、ゴミ箱へ直行、
割れたコップや修理の利かないパソコンなどと同様に、
価値のないものは捨てられます。

自分の命が地球よりも重いと知れば、
「ハズレくじ」を捨てるようにビルから身を投げたり、
「一人じゃ寂しいから」と他人を誘ってまで自殺することも、
できるはずがありません。



なぜ命は尊いのか。
死を急ぐ人たちが最も知りたいのは、
尊厳なる生命の理由でしょう


●生まれてよかった、という喜びはどこに?

自分の命が大事だと思えないのは、
「生きてきてよかった」
という喜びがないからではないでしょうか。


親鸞聖人は、人生を海に例えて、
「難度海」とか、「苦海」と言われています。
苦しみの悩みが絶えない、渡り難い海だということです。
生きることは、確かにつらい。
私たちは生まれた時、人生の荒波に投げ込まれ、
その瞬間から絶えず泳ぐことを強いられます。


学生時代は必死に勉強、社会に出れば、死ぬ気で働く。
学歴競争、出世競争は激しく、出世どころか、
リストラの嵐で職場に生き残ることさえ難しい。
子どもの数が減って進学しやすくなったはずなのに、
大学入試までの教育費は増えているという。
晩婚化、少子化が進んだのは、
結婚、子育ての厳しい現実と
無縁ではないでしょう。
また、家庭や職場でのいざこざ、
成績不振、思わぬ病気や事故、
愛する人との突然の別離、金銭トラブルなど、
一つの苦しみを乗り越えても、
すぐに別の苦しみがやってくる。

時には、同時に幾つもの大波が襲ってきて、
「ああ、もう嫌だ」と投げ出したくなる。
「こんな人生なら、いっそ死んだほうが」
と一度も考えたことのない人はいるのでしょうか。

今、地獄のようなつらさを味わっている人にとって、
「死ぬな」「頑張って生きよ」の連呼は、
「もっと苦しめ」というのろいの言葉としか
聞こえないのではないでしょうか。


●教えて、生きる理由を
      ネット自殺者の叫び

平成十年十月、集団ネット自殺で女性の友人を亡くした
フリーライターの渋井哲也さんは、事前に自殺の計画を
打ち明けられながら、止めることができなかった。
と告白しています。
            (NHK教育テレビ『ネット自殺を追う』より)

彼が自殺を思いとどまらせようとした時、
その女性は、
「楽しいことがないのに、
どうして生きる理由があるの?」
と問います。
その疑問に満足の行く答えを返せなかったことを、
彼は悔やみました。


別の女性は、
「なぜ死にたいのか」
という質問に、
「なぜ死にたいか、ではなく、
なぜ生きなければならないのか、という気持ち」

と答えています。

苦しみに耐えて、なぜ生きねばならないか。
皆、その答えを切望しているのです。

どう自殺を止めるのか、
景気の回復、うつ病の早期発見・治療、
相談機関の増設などの手段は論じられていますが、
「なぜ死んではならないのか」という根本の確認は、
少しもなされていないようです。

肝心の「苦しくても生きねばならない理由」が抜け落ちた
議論が続くだけでは、
適切な防止策も立てようがないでしょう。


「もしあの時、死んでいたら、
この幸せにはなれなかった」
という身になってこそ、
「死ななくてよかった」と
心から喜べるのではないでしょうか。
「人生には、素晴らしい目的がある。
どんなに苦しくても生き抜かなければ」
と、人生の目的が鮮明になってこそ、
生命の尊厳が知らされるのです。
あらゆる困難を乗り越えて、
「よし、生きよう」
という心の力がわいてくるのです。





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(親鸞聖人)


●人生の目的
     親鸞聖人の宣言

たとえ、汗と涙で築いた全財産を失い、
最愛の人と別れ、重い病に倒れても、
`人間に生まれてよかった。
この身になるための人生だった。’
と知らされる生命の歓喜はあるのでしょうか。
生きる目的は何か。
親鸞聖人の解答は、
揺るがぬ確信と勇気に満ちています。


「難思の弘誓は難度海を度する大船、
無碍の光明は無明の闇を破する慧日なり」

           (教行信証)

阿弥陀仏の誓願(難思の弘誓)は、
私たちの苦悩の根源である無明の闇を破り、
苦しみの波の絶えない人生の海を、
明るく楽しくわたす大船である。
この船に乗ることこそが人生の目的だ。”


「苦海をわたす大船に乗ること」とは、
「苦悩の根源を破られ、`よくぞ人間に生まれたものぞ'
と生命の大歓喜を得ること」です。

これこそ、親鸞聖人九十年のご生涯を貫くメッセージであり、
今日、聖人が世界の光と讃仰(さんごう)される理由なのです。

●生命の大歓喜
      人身受け難し、今已受く

「人間に生まれたのは、これ一つのためだった」と
人生の目的を果たさせていただいた時こそ、
「死んだほうがましだ、と何度思ったことか。
でも生きてきてよかった」
という心からの喜び、満足が起きるのです。


二千六百年前、仏教を説かれたお釈迦さまは、
人身受け難し、今已受く。
仏法聞き難し、今已聞く

`生まれ難い人間に生まれてよかった。
聞き難い仏法を聞けてよかった
'
とおっしゃっています。

仏法を聞き求め、
人生の目的を達成させていただいた時にこそ、
生命の大歓喜がわき上がるのだと
教えられているのです。

親鸞聖人は、その感動を次のように叫び上げられています。


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(親鸞聖人)


「噫、弘誓の強縁は多生にも値(もうあ)いがたく、
真実の浄心は億劫にも獲がたし。
遇行信(たまたまぎょうしん)を獲ば、
遠く宿縁を慶べ。
もしまたこのたび疑網(ぎもう)に覆蔽(ふくへい)せられなば
更(かえ)りてまた昿劫(こうごう)を逕歴(きょうりゃく)せん。
誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法、
聞思して遅慮することなかれ。」

                 (教行信証)

ああ・・・何という不思議、
親鸞は今、多生億劫の永い間、
求め続けてきた歓喜の生命を
得ることができた。
これは全く、阿弥陀仏の強いお力によってであった。
深く感謝せずにはおれない。
もし今生も、無明の闇の晴れぬままで
終わっていたら、
未来永遠、浮かぶことはなかったであろう。
何とか早くこの真実、みんなに伝えたい。
知らせねばならぬ。
こんな広大無辺な世界のあることを。


「ああ!」というのは、
かつて体験したことのない驚きと喜びの、
言葉にならぬ感嘆です。
「弘誓の強縁」とは、
何としても苦しみの根元を断ち切り、
人生の目的を果たさせたい。
という阿弥陀仏の誓願をいい、
その誓いどおりに、
苦しみの根元が断ち切られて、
人生の目的成就した歓喜の生命を、
「真実の浄心」と言われています。
それはもう、
百年や二百年で求められる
ちっぽけな幸せではなかった、
と知らされる
から、
「多生にもあえないことにあえた、
億劫にも獲がたいことをえた」
と言われているのです。

一生や二生どころではない、
限りない生死を繰り返し、
億劫という果てしのない遠い過去から、
求め続けてきたものが今、獲られた。

「ああ!」と驚嘆されたのも当然でしょう。
そして、しみじみ、どんな遠い過去からの阿弥陀仏の
ご配慮があったのやらと、
「遇(たまたま)行信を獲ば遠く宿縁を慶べ」
と感泣せずにはおれなかったのです。

「もしまたこのたび疑網(ぎもう)に
覆蔽(ふくへい)せられなば
更(かえ)りてまたこう劫を
きょう歴(きょうりゃく)せん」
「疑網」とは、苦悩の根元である無明の闇のことです。
“もしまた、無明の闇に晴れぬまま人生を終わっていたら、
未来永劫、苦しみ続けていたに違いない。
危ないところであったなぁ”

とおっしゃっています。

この世だけでない。
遠い過去から未来永遠にわたって、
私たちを苦しめる元凶が、無明の闇。
その無明の闇を破っていただければ、
人生の醍醐味を心行くまで味わうことができるのだから、
絶対に自殺してはいけない。
この目的を果たすまで、生き抜きなさいよ

と言われているのです。

「誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法、
聞思して遅慮することなかれ」
“まことだった。皆さん、聞いてもらいたい、
この親鸞が生き証人です。
早く、弥陀の誓願まことを知ってもらいたい。”

阿弥陀仏のお力によって、人生の目的を果たさせていただいた、
美しい感激に満ちた表明です。




●生きるって、なんと素晴らしいのか!

「人生には意味があるのか」
「苦しくとも生きる価値があるのか」
大人も子どもも、生きる喜びを感じられず、
現代は混迷の度を深めています。

そんな中、`何と生きることは素晴らしいことなのか・・・。'
八百年の時を超え、親鸞聖人の御声が聞こえてきます。

こんな生命の尊厳さを知れば、
なぜ自殺してはならないのか、
なぜ人命は地球よりも重いのか、
人間存在の真の意義が理解でき、
感謝と懺悔に生かされた、
明るくたくましい人生が開かれるのです。


お釈迦さまの本心が説かれているお経とは!? [法然上人]

動画を観られるとよく分かると思います。


(真実の仏法を説いてくださっています)


 また、真実の仏法は慈悲でいっぱいなので癒されますし、


 生活の指針にもなるので役立ちます。


 そういう意味でも見られるといいですよ。


 法華経は誰のための教えか。


法華経の内容が実践できない人はどうしたらいいのか


 https://www.youtube.com/watch?v=LFrKmqyMaA0


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(ここからは真実の仏教を説かれている先生ご執筆の『とどろき』より載せています)


印度西天之論家 (印度西天の論家)
中夏日域之高僧 (中夏日域の高僧)
顕大聖興世正意 (大聖興世の正意を顕し)
明如来本誓応機 (如来の本誓、機に応ずることを明かす)


(正信偈)


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「印度西天の論家、中夏・日域の高僧」
とは、インドの龍樹菩薩天親菩薩
中国の曇鸞大師道綽禅師善導大師
日本の源信僧都法然上人の七名のことです。
親鸞聖人は、これら七高僧の功績を、
「大聖興世の正意を顕し」
釈尊の出世の本懐を明らかにされ”、
「如来の本誓、機に応ずることを明す」
阿弥陀如来の本願は、
どんな人をも救い摂る真実の法であることを明らかになされた

と称讃なされています。


●いろいろな宗派があるのは?


“お釈迦さまの教えは一つのはずなのに、
なぜ仏教はいろいろな宗派に分かれているのだろう。”

だれしも疑問に思ったことがあるのではないでしょうか。
それは、膨大な一切経の中で、
どれが釈尊出世の本懐経(本心が説かれているお経)かで
意見が分かれるためです。

『華厳経』が釈迦の本心だというのが華厳宗であり、
いや『大日経』こそ釈尊の正意だと考えているのが真言宗です。
法相宗では『解深密教』だと言い、
天台宗や日蓮宗では『法華経』と主張します。
また、禅宗のように『涅槃経』などを用いながら、
特に所依(よりどころ)の経典を立てないものもあります。


親鸞聖人は、
「それ真実の教を顕さば、すなわち『大無量寿経』これなり」

              (教行信証)
と、『大無量寿経』こそが、
釈尊出世の本懐経だと断定なされています。

「正」という字は「一に止まる」と書くように、
釈尊の正意は一つしかありません。
果たして、真実の経は何か。
後生の一大事の解決を求める仏法者にとって、
捨ててはおけぬ問題です。

それで、過去から幾たびも法論がなされてきました。
法論とは、仏法上の争いのことで、
経典のご文を根拠にして、
どちらが正しい仏意かを論争することです。


●『大無量寿経』か『法華経』か


中でも古来、最も問題になってきたのが、
『大無量寿経』と『法華経』です。

この二つは、ともに「深法」といわれる大事なお経です。
一切経の中でも、深法とあるのはこの二つだけでしょう。
しかし、どの時代でも『法華経』に軍配が挙がったためしはなく、
常に『大無量寿経』が勝利を収めています。

その結論は、
「法は互角、機で大経」
と言われます。
「法」、つまり教えそのものの深さでは互角。
優劣はないのですが、その教えによって救われるのはだれか、
という「機」の問題になると、がぜん、
『大無量寿経』こそが真実と鮮明になるのです。


●深智に説かれた『法華経』


仏教は対機説法(機に対して法を説く)といわれるように、
経典にはそれぞれ、説かれた相手があります。
『法華経』には、


この法華経は深智の為に説く、
浅識はこれを聞いて迷惑して悟らず、
一切の声門及び辟支仏は、この経の中においては、
力及ばざるなり
              (譬喩品
とあります。
声門や辟支仏といった、
私たち凡夫とは比較にならぬ優れた人たちでさえ、
助からぬと説かれているのです。
また、『法華経』を行ずる人が、
必ず守らねばならぬ三つの規則「室・衣・座の三軌」があります。


○室・・・一切の人々に大慈悲をもって接すること。
○衣・・・いかに苦しいことでも笑って忍ぶこと。
○座・・・一切のものに対する執着を断つこと。


いかに実践が困難極まるものか、分かるでしょう。


●千日回峯行


比叡山(滋賀県)は、『法華経』の教えにしたがい
修行しようとする天台宗の山です。
今は観光地になっていますが、
それでも千日回峯行なる荒行が残っています。
起床は真夜中の二時。
頭には蓮華笠をかぶり、白い麻の装束に草鞋履き、
山上山下の行者道を約三十キロ、飛ぶようなスピードで移動します。
この間、約三百ヶ所で所定の修行をし、
五時間ほどで戻ってくるのです。
むろん、悪天候でも、病気やケガをしても休むことはできません。
もし途中で挫折したら持参の短刀で
自害するのが山のおきてになっていました。
江戸時代には多くの修行僧が自害しています。
途中の七百日の中には、
九日間の断食、断水、不眠、不臥という過酷な行もあります。
さらに、八百一日目から百日間は「大回り」をやります。
山を下りて京都の修学院から一乗寺、
平安神宮、祇園と一日八十四キロを
十七、八時間で回る生死関頭の苦行です。
千日間で踏破する距離は、およそ地球一周。
開山以来約千二百年間、この難行を完遂した者は
三百人に満たず、戦後はわずか八人。
文字通りの命がけの修行です。
しかもなお、仏覚にはほど遠い初歩なのです。


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●すべての人に説かれた『大無量寿経』


『法華経』には、この経は「最第一」であるなど、
極めて大切な教えであることが説かれています。
しかし、どんな高尚な教えがあっても、
私たちが真に救われえるものでなければ、
絵に描いたもちになってしまいます。
それに対して、『大無量寿経』に説かれている
阿弥陀如来の本願の相手は「十方衆生」です。
十方衆生とは、大宇宙のすべての生きとし生けるもののこと。
相手構わず、どんな人をも救い摂る法なのです。

まさに、機に応ずる弥陀の本願と知られましょう。
親鸞聖人も、九歳で出家されてより二十年間、
比叡山で仏道修行に打ち込まれましたが、
天台法華の教えに絶望なされ、
「救われる教えにあらず」と下山され、
弥陀の本願に救い摂られています。
聖人でさえ、かくのごとしです。
では、なぜだれも実行できないような教えを、
釈尊は説かれたのでしょうか。

自分はやろうと思えば何でもできるとうぬぼれている心が
自力の本性であり、迷いの親玉です。
自力無功を知らせ、真実の救いに導くために
方便の教えが必要だったのです。


法華経を信じえない者の為には、
如来の余の深法を教えよ

         (法華経嘱累品)
このお言葉からも、『法華経』は、
『大無量寿経』真実へ送り込むための方便経であることが
ハッキリいたします。


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●法然上人の大法論「大原問答」


すべての人が救われる法、弥陀の本願を明らかにするため、
七高僧のご苦労は並大抵ではありませんでした。
一例を挙げましょう。


親鸞聖人の師・法然上人は、
我が国始まって以来の大法論をなされています。
場所は京都大原の勝林院。
世に名高い「大原問答」です。
どのような法論であったのか。
法然上人の伝記には、
「聖道門と浄土門、いずれが真実か。
日本国中の学者が集まり、火花を散らしての問答」
とあります。

釈迦一代の仏教を、大きく分けると、
聖道門と浄土門の二つになります。
聖道仏教は自力の修行で仏になろうとする教えで、
天台宗、真言宗、禅宗などを指します。
これに対し、阿弥陀如来の本願以外に、
我々の救われる道はないと教えるのが、
浄土仏教です。

聖道門側は、比叡山、高野山、京都、奈良の
名立たる僧侶380余人が論陣を張り、
それらの弟子僧二千余人が勝林院を埋め尽くしたといいます。
対する浄土門側は、法然上人ただお一人。
身の回りのお世話をする弟子が、
わずかに同行しただけでした。
「もし、お師匠さまが一言でも詰まられたら・・・」
と、ガタガタ震える弟子たちに、
上人はニッコリほほえまれ、
「この法然は幸せ者じゃ。
今日一日の問答で、天下の学者たちを弟子にできるとは。
弥陀の本願を明らかにする、またとない好機だ」
とおっしゃったといいます。
43歳の時に、他力金剛の信心を獲得された法然上人は、
大自信にあふれておられました。


●救われる唯一の道は、弥陀の本願


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まず、聖道門側から切り出す。
「浄土門が、聖道門より優れているとは、どういうことか」
釈尊の教えに優劣はないが、
法は何のために説かれたものか。
衆生の迷いを転じて、仏覚に至らすためである。
衆生を救う点において、浄土門のほうが優れておる

二千余の学僧がどよめく。
「これは聞き捨てならぬことを」
法然上人は、静かに答えられた。
聖道門は、人を選ぶではないか。
経典を学ぶ知恵のない者、
修行に耐える精神力のない者は求められない。
欲や怒りのおさまらぬ者は、救われないということだ

「いかにも・・・」
さらに、厳しい戒律がある。
完全に実行できる人はどれだけあるのか。
大衆のほとんどは、救われないではないか

「・・・・・」
しかし、浄土の法門は違う。
欲のやまない者も来い、愚者でも智者でも、
善人悪人。男も女も、全く差別がない。
平等に救われるのだ。
なぜならば、阿弥陀如来が、すべての人を、
必ず救い摂ると、本願を建てておられるからじゃ。
しかも、末法の今日、聖道門の教えで救われる者は一人もないのだ

「何を、たわけたことを」
末法の今日、自力の修行では一人もさとりを得る者はないと、
釈尊は説かれている。
これに対し、『大無量寿経』に説かれている弥陀の本願は、
いつの時代になっても、しじゅう変わらず、
一切の人々を救うと説かれている。
されば、すべての人の救われる道はただ一つ、
浄土の一門のみであることが明らかではないか

「・・・しかし、阿弥陀如来以外の仏や菩薩に向くなとは、
言い過ぎではないか」
釈尊は、『大無量寿経』に、
一向専念無量寿仏と説かれている。
これは、あらゆる諸仏、菩薩、諸神を捨てて、
一向に専ら、阿弥陀仏を念ぜよ、ということである

「ううむ・・・」


    ・     ・      ・
問答は一昼夜に及びましたが、
法然上人は、いかなる難問にも、
よどみなく答えられ、すべての学者を論破されたのです。

聖道門の学者たちは、心から法然上人の高徳に伏し、
「知恵第一の法然房」「勢至菩薩の化身」とたたえたといいます。
阿弥陀如来の本願の素晴らしさを知らされた二千余の大衆は、
異口同音に念仏を称え、三日三夜、その声がこだましたといわれます。
法然上人、54歳の出来事でした。


法然上人のみならず、善知識は皆、
全人類の救われるただ一本の道、
弥陀の本願徹底に生涯をささげられたのです。


釈迦の説かれた「業力不滅」 [因果の道理]


動画を観られるとよく分かると思います。

(真実の仏法を説いてくださっています)

 

また、真実の仏法は慈悲でいっぱいなので癒されますし、

 

生活の指針にもなりますので、役立ちます。

 

そういう意味でも見られるといいですよ。

 

なぜブッダは「死後の世界はある」と説いたか。カルマから読み解く



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(真実の仏教を説かれている先生ご執筆の『とどろき』より載せています)

人知れず まいたタネも

   やがて花ひらく

 

        釈迦の説かれた

           「業力不滅」

 

●モラルの低下している世の中

 

最近世の中では、モラルが低下して、悪いことをしても、

誰も見ていなければかまわないと考える人が増えています。

匿名だからと、ネット上に他人の悪口を書いたり、

見つからなければ平気でスピード違反や

違法駐車をしている人もあります。

所詮は人相手で、「バレなければ何をしてもいい」のでしょうか?

また逆に、善いことをしても人が見ていなければ

何にもならないので、人が見ていないところでは、

善いことはしないほうがいいのでしょうか?

しかし、それでは余計苦しむことになりますよ、

と教えられているのが、仏教に説かれる「因果の道理」です。

 

●自業自得が納得できないのは

   2つのことを知らないから

 

因果の道理を端的にいうと

善いのも悪いのも、自分のまいたタネ(行い)が

自分の運命を決める、自業自得である」ということ。

大体のことは自己責任と了解していても、

それでも「こんなことは自業自得と思えない」と、

感じることも多いと思います。

それは2つのことを知らないからです。

その2つとは、まいたタネが生える時期と、生え方です。

お釈迦さまは、まいたタネが生える時期には前後があることを

順現業」「順次業」「順後業」と教えられています。

「順現業」とは、現在世でまいたタネの結果が現在世で現れるもの。
「順次業」とは、現在世のタネまきが次の生で現れるもの。

「順後業」とは、現在世でまいたタネの結果が、

ずっと後の生で現れるものをいいます。

仏教では、私たち一人一人に、悠久の過去と永遠の未来があり、

これを「三世」と教えられています。

「過去世」「現在世」「未来世」のことです。

「過去世」とは私たちが人間に生まれる以前の全ての過去のこと、

「現在世」とは、この世に生を受けてから死ぬまでのこと、

「未来世」とは、永遠の死後をいいます。

「三世」と聞くと、親、子、孫の3世代のことだと

思う人もありましょうが、仏教の「三世」は、

一人一人に過去・現在・未来の三世を貫く

生命があるということで、この三世を通じて変わらない真理が

「因果の道理」である、と説かれています。

私たちは過去世の記憶はありませんが、

たとえ覚えていなくても、「善因善果 悪因悪果 自因自果」は

寸分の狂いもありません。

遅い早いの違いはあっても、まいたタネは必ず生えるのです。

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●まいたタネの2とおりの生え方

 

もう一つお釈迦さまが教えられているのは、

まいたタネの生え方に2とおりあることです。

1つは「等流因等流果(とうるいんとうるか)」です。

これは、まいたタネと同じような生え方をするものをいいます。

例えば、「殴ったら、殴り返された」

「悪口言ったら、悪口を言われた」という生え方です。

もう1つは「異熟因異熟果(いじゅくいんいじゅくか)」です。

これは、まいたタネと異なった生え方をするもので、

例えば「悪口を言ったら、財布を落とした」「泥棒したら、

家が火事に遭った」という生え方です。

そして、「等流因等流果」より「異熟因異熟果」のほうが

はるかに多くあります。

ですから複雑なものほど、原因と結果の関係を知るには

深い反省が必要ですが、因果の道理に狂いはないのです。

では、なぜ行いが運命を生み出すのでしょうか。

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●1度やった行いは決して消えない

 

前回の記事でお話ししたように、仏教では、

行為のことを「業」といいます。

身体でやる行いが身業(しんごう)、

口で話す行いが口業(くごう)、

心でいろいろのことを思う行いが意業(いごう)です。

これらの心と口と身体の行いを「三業」といいます。

中でも仏教では、心を最も重く見ます。

口や身体を動かしているのは心だからです。

これらの三業は、いずれも目に見えない「業力」となって残り、

決してなくなりません。

これを「業力不滅」といいます。

その不滅の業力は全て、「阿頼耶識」という心に

蓄えられるのだと仏教では教えられます。

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●あなたの行いを蓄える秘密の蔵

 

阿頼耶識(あらやしき)」の、「アラヤ」とは

昔のインドの言葉で蔵のこと。

「識」は心のことですから、

阿頼耶識とは蔵のような心ということです。

肉体の命は、約80年ですが、この阿頼耶識は、

悠久の過去から永遠の未来へと流れていく

不滅の生命であり、私たちの本心です。

この永遠の生命の流れから見れば、約80年の人生は、

とうとうと流れる大河の水面にポツンと生じ、

やがてパッと消え去る水泡のようなものです。

不滅の業力を蓄える阿頼耶識こそ、肉体が滅びても、

滅びない永遠の生命なのです。

しかし阿頼耶識は、固定不変の霊魂ではありません。

変化しながら続いていきます。

これを「暴流(ぼうる)のごとし」と教えられています。

「暴流」とは滝のようなものです。

滝は遠くから見ると1枚の布のように見えますが、

実際は激しく流れていて、いっときとして同じ水ではありません。

阿頼耶識は私たちの造る業力をおさめて、

絶えず変化しながら続いていくのです。

この阿頼耶識に、私たちが日々造り続けている

業力が蓄えられ、やがて縁が来た時に、

未来の運命を生み出すのです。

縁とは、業力が結果になるのを助ける条件のようなものです。

 

●縁が来ると目に見えない力が

  目に見える運命を生み出す

 

目に見えない業力が、縁が来た時に運命を生み出すことを、

このような歌で分かりやすく教えられています。

 

年毎に

咲くや吉野の 山桜

木を割りてみよ 花のありかは

 

「吉野」とは、奈良県の吉野山です。

毎年春になると、山全体が桜で覆われる名所ですが、

冬に訪れると、枯れ木のような木々が立っているだけ。

一体どこに花びらを隠しているのだろうと

木の枝を刻んでみても、桜の花はどこにも見つかりません。

ところが木の中には、目に見えない精力が蓄えられていて、

春の陽気という縁に触れると、満開の花を現すのです。

同じように、業力も目には見えませんが、

縁が来た時に目に見える運命を生み出します。

その業力の強さは大象100頭に勝ると教えられています。

縁が来るのに早いか遅いかの違いはありますが、

誰も業力を止めることはできません。

善い行いは、目には見えませんが善業力となって

やがて必ず幸せな運命を生み出し、

悪い行いは、悪業力となって必ず悪い運命を引き起こすのです。

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●幸せを生み出す方法

 

ですから、バレなければ何をしてもいいということは

全くありません。

人が見ていなくても、悪いことをすれば悪業力となって

阿頼耶識に蓄えられ、やがて必ず不幸や災難を

引き起こします。

逆に、人が見ていなければ善いことをしても

何にもならないということもありません。

善い行いをすれば、目に見えない善業力となって、

縁が来ると必ず幸せな運命が花開きます。

正直者がバカを見ることは絶対にないのです。

出てこないのはまだ縁が来ていないだけです。

縁が来れば結果が現れますので、

今は思いどおりにならなくても腐らず、

できることから1歩ずつ、日々の努力を重ねていくことが

大事なのです。

 

●お釈迦さまが仏教を説かれた目的

 

お釈迦さまが仏教を説かれた目的は、

阿弥陀仏の本願を説いて、生きている時に、

極楽往き間違いなしの絶対の幸福に救うことでした。

その絶対の幸福に導くために、因果の道理を説かれ、

善い行いをしなさいと勧められているのです。

最も大切なのは、仏法をよく聞くこと(聴聞)ですが、

日常、聞くご縁のない時は、教えのとおりに実行し、

光明輝く浄土へ向かって精進いたしましょう。


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「いろは歌」に隠された絶対の幸福への道 [無常]


まず最初に動画を観られるとよく分かると思います。
(真実の仏法を説いてくださっています)
また、真実の仏法は慈悲でいっぱいなので癒されますし、
生活の指針にもなるので役立ちますよ。
そういう意味でも見られるといいですよ。
「いろはにほへと」いろは歌に秘められた仏教をわかりやすく解説
以下は記事の内容とはあまり関係ありませんが、
いくつか紹介しておきます。
「すべての人は例外なく孤独だ」と説くブッダ
とんでもない成功をもたらす実にシンプルな秘訣【仏教の教え】
現状よりも「今から」が大事。向上心を高める仏教。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(真実の仏教を説かれている先生ご執筆の『とどろき』より載せています)

文豪・芥川龍之介は

『侏儒の言葉』の中に、

〝いろは短歌には、

人生における必要なことは

全て教えられている〟

と書き残しています。

「人生に必要なこと」って何でしょう。

今月はこの「いろは歌」47文字に秘められた

人生に必要な「幸福のカギ」を解説します。

 

     「いろは歌」に

           隠された

                       絶対の幸福への道

 

●「いろは歌」には

 「人生に大切なこと」が

      教えられている

 

昔の寺子屋で、読み書きを教える時に

使われた「いろは歌」は、平仮名47文字を、

重なることなく並べて歌にしたというものです。

古くから伝わるこの「いろは歌」に、

実は仏教の深い教えが込められていることは、

案外知られていません。

 

いろはにほへと ちりぬるを

わかよたれそ つねならむ

うゐのおくやま けふこえて

あさきゆめみし ゑひもせす

 

漢字を当ててみると、ぼんやりと意味が

浮かび上がってきますね。

 

色は匂えど 散りぬるを

わが世誰ぞ 常ならむ

有為の奥山 今日越えて

浅き夢見じ 酔いもせず

 

「色」とは、桜の花のことですから、

爛漫と咲き誇る桜花も、あっという間に、

1枚も残らず散ってしまうことを、

一句目で詠われています。

二句目では、桜の花と同じように、

この世のどんな成功者も、一体、誰が、

いつまでも変わらずにその栄光を

保ち続けられるだろうか、と世の無常を

訴えています。

三句目と四句目は、その無常の世を

悲しみ嘆く私たちが、生きている時に、

その苦しみを解決し、迷いの夢から覚めて

絶対の幸福になれるという、仏の教えが

示されているといわれます。

 

このいろは歌の元になったという、

お経の言葉が、次の漢字16字です。

 

諸行無常(しょぎょうむじょう)

是生滅法(ぜしょうめっぽう)

生滅滅已(しょうめつめつい)

寂滅為楽(じゃくめついらく)

 

この言葉は、お釈迦さまが、雪山童子(せっせんどうじ)という

修行者であった時に、命と引き替えにしてさとられた真理と

伝えられています。

かつて国語の教科書にも、「修行者と羅刹(らせつ)」という

題名で掲載されていた、次の有名なエピソードです。

 (お釈迦さまは、大宇宙に無数にある人間の住む惑星と弥陀の浄土を

何度も何度も往復し、その度に、ご苦労なされて仏のさとりを開かれる。

そしてすべての人が無上の幸福になれる「阿弥陀仏の本願」をお説きくだされる。

雪山童子とは、過去世のお釈迦さま。 by minsuke)

●修行者と羅刹

 

雪山(せっせん)で一人、真の幸福を求めて、

苦行に打ち込む修行者がいた。

すると、風に乗ってどこからか、尊い言葉が聞こえてきた。

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諸行無常 是生滅法

咲いた花もたちまち散り、人は生まれてもやがて死ぬ。

無常は全てのものの免れぬ運命である

そのさとりの言葉を聞いた修行者は、

喉の渇きにあえいでいる時に、清らかな水を得たように、

大きな喜びを感じた。

しかし、辺りを見回して声の主を探すが、

人影は見えない。

今のはさとりの半偈(はんげ・真理の半分)。

残りの真理の言葉を聞きたいと、探し回った揚げ句、

突如、崖の上に恐ろしい鬼の姿をした羅刹を見た。

「大士よ。今、尊い言葉を発せられたのは、

あなた様ではありませんか。

残りの半偈を聞かせていただき、どうか、

私にさとりを開かせてください」

すると羅刹は、

「わしは何も知らない。ただ、あまりに空腹で、

うわごとのように何か言ったかもしれぬ。

しかし、もう腹が減って、何も言う力がないのだ」

とつれない言葉を吐いた。

「では、あなた様のために食べ物を用意いたしますから、

教えてください」

重ねて懇願すると、羅刹は驚くべき無理難題を言い放つ。

「それはとてもおまえに用意できるものではない。

私は、生きた人間の血のしたたる肉しか食わないのだ」

意外にも修行者は少しも驚かず、

「分かりました。では、残りの言葉を聞かせていただければ、

私のこの肉体を、あなたに差し上げましょう」

と真剣な面持ちで答え、羅刹に敬礼して教えを乞うた。

羅刹は、おもむろに口を開いた。

恐ろしい形相から、どうしてこんな声が出るのかと思われるほど、

それは美しい声であった。

 

生滅滅已 寂滅為楽

 

修行者は、その意味をさとって心に大きな喜びを得た。

後の世の人のために、そのさとりの言葉を石や木に刻みつけ、

やがて、するすると近くの木に登ると、

そのてっぺんから羅刹に向かって、ひらりと身を投げた。

真っ赤な口を開いた羅刹は、刹那に端厳な帝釈天と姿を変え、

修行者を受け止めると、恭しく地上に降ろして合掌した。

「善いかな善いかな、その覚悟あってこそ、

あなたはさとりを得ることができたのです」

妙華(みょうか)が舞い降り、

修行者の菩提心を祝福したのである。

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お釈迦さまは、このお言葉で、

一体、何をさとられたのでしょうか。

仏教で、さとりといわれるのは、大宇宙の真理をさとること。

真理といっても、数学的真理、科学的真理などもありますが、

仏教が説く真理とは、「すべての人が本当の幸せになる真理」

のことです。

この16文字には、どうしたら、私たちが本当の幸福に

なれるのか、その道が教えられているのです。

 

では、その真理を明らかにしましょう。

 

●「無常を観ずるは菩提心の一(はじめ)なり」

 

まず、「諸行無常」の「諸行」とは全てのもの、

「無常」とは、常がなく、変わり続けていることです。

この世のどんなものも、変化している。

私たちが、どんなに大事にしているものも、

愛する人も、形あるものは必ず壊れていく定めにあります。

これが、生じたものは必ず滅する、

万古不変の真理であることを、

是生滅法(これ生滅の法なり)」

と教えられているのです。

 

「そんなこと考えていたら、暗くなるだけ」

「悲観的なことばかり聞かされるから、

仏教は嫌い」

と敬遠する人もあるかもしれません。

 

しかし、例えば私たちは、健康診断を受けるでしょう。

悪いところが見つかったらイヤだから、

後回しにしたい気持ちにもなりますが、

検査を受けて初めて、不調の原因がはっきりし、

治療方法を明確にすることができます。

健康を取り戻すには、肉体の状態をありのままに

知ることが大切なのです。

地震で家が倒壊しないだろうかと心配な人も、

耐震性の検査を受けて、補強工事を行えば、安心できます。

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いろは歌は、まず、最初の二行で、

古今東西変わらぬ、諸行無常の現実を明らかにし、

それから、不変の絶対の幸福になれる道を示しているのです。

これを、仏教では、

 

無常を観ずるは菩提心の一なり

 

と教えられています。

観ずるとは、ありのままに見つめること、

菩提心とは、変わらない本当の幸せ、絶対の幸福のことです。

無常を無常と見つめることが、絶対の幸福への第一歩なのです。

 

逆に、無常の現実には目を塞いで、

幸せだけを求めたらどうなるでしょうか?

それでは、幸せのまっただ中に、思わぬ落とし穴に

はまり込んでしまうよと仏教では警告されています。

 

●大きな幸せのあとに

   悲しみがやってくる

 

春の新入社員を見ていると、初めて社会に出て、

仕事の厳しさや素晴らしさを学んだ当時を思い出し、

心が洗われる気持ちにさせられます。

経験を積めば積むほど、上司や部下、いろいろな仕事相手との

信頼関係が深まって、やりがいも出てくるもの。

責任ある立場に立てばなおさら、

多くの人から慕われるようになるでしょう。

ところが、いつまでも仕事を続けるわけにはいきません。

若手を伸ばすため、引き際を考える年齢になると、

それらの仕事仲間と別れねばならないという、

寂しさが心の中を吹き抜けていきます。

ある会社の重役が、毎年1000通以上の年賀状を受け取っていたが、

引退した途端、数えるほどになってしまい、

大変なショックを受けた。

多くの人から慕われていた人ほど、寂しさは深まるのでしょう。

会社のために、後継のためにも、それでいいんだと、

自分を納得させようとしても、割り切れないわびしさ。

仕事に没頭した人ほど、心の中にポッカリと開いた穴が

大きくなるのは、なんと皮肉なことでしょうか。

 

子供が結婚して自分から去ったあと、

うつ病になる女性が多く、

「空の巣症候群」と名づけられています。

別離がそれだけつらいのは、

おなかを痛めた子は命だからでしょう。

「山高ければ谷深し」といわれるように、

目に入れても痛くない、かわいい子であればあるだけ、

別れの寂しさは耐え難いものです。

大きな幸せを味わったあとには、

悲しみが必ずやってくる。

会者定離

会う者は、離れるに定まれり

とも説かれるように、

出会いの喜びには、

必ず、別れの悲しみが付きまとう。

「なぜ私は苦しまねばならないのか?」

それは、私が幸せだったからなのです。

 

「愛とは巨大な矛盾であります。

それなくしては生きられず、しかもそれによって傷つく」

古今の哲学者たちも、この世の幸せの実態を

嘆かずにいられません。

 

●悲しみの涙の一滴一滴が、

    感謝の涙に変わる

 

「いろは歌」の後半には、こんな悲しみに満ちた世界を

「有為の奥山」と言われ、その悲しみを、「今日越えて」と、

生きている時に、乗り越えることができると

説かれています。

前半の「諸行無常 是生滅法」の真理は、

この本当の幸せに導くために説かれているのですが、

そのことを知らない人にとっては、

仏教は暗くて嫌だと思われるのでしょう。

「生きている時に、ハッキリと絶対の幸福になれる」

これが、親鸞聖人の教えの一枚看板といわれる「平生業成」です。

「平生」とは、死後ではない、生きている現在のこと。

「業」とは変わらない絶対の幸福。

「成」とは、達成できるということです。

その教えのとおりに、絶対の幸福になった時、

「憂きことも 悲しきことも ご方便」

(大切なものを失った悲しみは、

この永遠の幸せに導くための

ご方便〈手段方法〉であった)

と知らされるのです。

 

お釈迦さまの時代にも、別れの悲しみを、

仏教によって乗り越え、本当の幸せに導かれた、

一人の女性のエピソードが残されています。

 

●お釈迦さまと

   キサーゴータミー

 

お釈迦さまのおられたインドに、

キサーゴータミーという麗しい女性がいた。

しかし、命より大切に育ててきたわが子が、

病で急死した。

狂わんばかりに愛児の亡骸を抱き締め、

この子を生き返らせる人はないかと尋ね回った彼女は、

幸いにもお釈迦さまに巡り会う。

泣く泣く、子供の蘇生を願う母親に釈迦は、

こう言われた。

あなたの気持ちはよく分かる。

いとしい子を生き返らせたいのなら、

今まで死人の出たことのない家から、

ケシの実を一つかみもらってきなさい。

すぐにも子供を生き返らせてあげよう

それを聞くなり彼女は、町に向かって走った。

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しかし、どの家を訪ねても、

「昨年、父が死んだ」「先日、子供に死別した」という家ばかり。

ケシの実はどの家にもあったが、

死人を出さない家はどこにもなかった。

夕闇が町を包む頃、駆けずり回った彼女は、

もはや歩く力も尽き果てて、

トボトボとお釈迦さまの元へ戻っていった。

お釈迦さま、死人のない家はどこにもありませんでした。

私の子供も死んだことがようやく知らされました

そうだよキサーゴータミー。人は皆死ぬのだ。

明らかなことだが、分からない愚か者なのだよ

本当にバカでした。こうまでしてくださらないと、

分からない私でございました。

こんな愚かな私でも、救われる道を聞かせてください

彼女は深く懺悔し、仏教を聞き求めて幸福になったといわれます。

 

夢の世を

あだにはかなき 身と知れと

教えて還る 子は知識なり

 

知識とは、仏教の先生のことです。

もしあの子が、この世の無常を、

身をもって教えてくれなければ、

無常を無常と知らず、

真実の幸せを求めようともしなかったであろう。

そう考えれば、わが子は、私を真実の幸福に

導いてくだされた師であったのだと、

ゴータミーは感涙にむせんだに違いありません。

 

親鸞聖人も、4歳でお父様、8歳でお母様を亡くされ、

その別離の悲しみを縁に、仏道を求められ、

29歳の時に、絶対の幸福に救い摂られました。

喪失の淵に悲しみ、途方に暮れる人も、

その涙の一滴一滴が、感謝の涙に変わる時が来る。

だから、くじけず生き抜いて、

絶対の幸福を教えた仏教を聞き求めましょうと、

温かいエールを送っているのが、

「いろは歌」に込められた仏教精神なのです。

 

 

まとめ


●「いろは歌」には、

「諸行無常」の現実と、

生きている時に、

「絶対の幸福」になれる

「平生業成」の教え

示されています。

 

●諸行無常が仏教で説かれるのは、

いたずらに暗く沈ませるためではなく、

真の幸福に導くためですから、

「無常を観ずるは菩提心の一なり」

と教えられます。

 

幸せであればあるだけ、

喪失の悲しみ、怒りが大きくなってしまうのが、

私たちの求めている幸せです。

 

●大事なものを失って悲嘆に

暮れることがあっても、

それを縁に仏教を聞けば、

絶対の幸福に救われ、

流した涙の一滴一滴が、

喜びと感謝の涙に変わります。


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