SSブログ

介護で知らされる「悪人正機」の真の意味 [親鸞聖人]

親鸞聖人の教えといえば「悪人正機」。
あまりに有名です。
「正機」とは「人間の正しい機ざま」の意であり、
「本当の人間の相(すがた)」ということですから、
「悪人正機」とは、すべての人間は悪人正機である、
ということです。
その悪人こそが救われる教えが親鸞聖人の教えなのです。

“えっ、私が悪人?”と
最初は戸惑う人も多いでしょう。

悪人と聞けば、
法律や倫理道徳に背いている人のこと、
と皆思っているからです。
前科もないし、
周りからもいい人と言われている私の
どこが悪人か、と。
ところが仏法を聞き、
教えのとおりに光に向かっていくと、
知らなかった自分に出会うことになる。
その時、聖人の仰る「悪人」の真の意味が知らされるのです。
私が出会う「私の知らない私」とは、どんな相(すがた)なのでしょう?

今回は「介護問題」を通して、
自己の「心」を見つめましょう。
母親を介護しているある女性の手記を紹介します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(とどろきの読者の体験手記をはさみます)

母はつらいベッドの上で
     私に教えてくれた

滋賀県 西川 博美さん(仮名)

母は若い頃から仏法熱心で、
弥陀の本願を喜んでいました。
(阿弥陀仏に救われていたということです。)
顔を合わせれば九割九分は仏法の話で、
私たち姉妹にも、
「今聞かせてもらうんやで」
といつも言っていました。

ところが私は、そんな母に反発ばかり。
親に逆らって思いのままに始めた結婚生活は、
案の定うまくいきませんでした。
苦しみもがく私に、
母は何度も分厚い手紙をくれたのです。

「博美、お母ちゃんは体がなくなっても
心は阿弥陀さまから賜った無量の命で、
すぐに博美のそばへやってきて、
お母ちゃんと同じ心になるまで
二世でも三世でも親子にならせてもらいますよ。
おまえが苦しければともに涙し、
法を聞いておまえが喜んでくれるまで
(弥陀の本願に救われるまでという意味です。)
お母ちゃんの心は博美に密着よ」


便箋の表も裏も縦も横も、
あふれる母の思いで埋め尽くされていました。

その母が体調を崩し、入院することになったのです。
私の仏縁を念じ続けてくれたせめてもの恩返し、
私は仕事をやめ、
「母を必ず支えてみせる」と自信一杯で、妹や娘の家族と看病を始めました。
病室に泊まり込み、付きっきりの食事や入浴、
排泄の介助は大変でしたが、
母の手足となれるのがうれしかった。
誰の目もはばからず母のそばにいられる
キラキラ輝く幸せな時間でした・・・。

“母のために”のはずが・・・

半年ほどたった頃、母の体力は目に見えて衰えていました。
私たちは一時もそばを離れたくなくて、
ベッドのすぐ脇に自分の布団を敷き、
母の寝息を聞きながら横になりました。
母が寝返りを打つ、わずかな物音でも目を覚まし、
夜中も心は休まりません。

そんなある日の深夜、
トイレの回数が頻繁になった母に、
「またかー。30分前に行ったやろ」。
こんな心が動いたのです。
愕然としました。
私は何のためにここにいるのか。
母を支えるためではないのか。
それなのに、自分が楽したいいっぱいで
母を邪魔に思うとは。
こんな心しかない自分だと気づかせるために、
母はつらいベッドの上で毎日を重ねてくれていたのか!
「ごめんお母ちゃん、こらえてなあ、
お母ちゃん、真心込めた看病ができると
うぬぼれていました」

 


 

斉藤 静子さん(仮名)の手記

立派に母を介護してみせる
     しかし現実は・・・

私は5年前から仏教を学んでいる50代の主婦です。
実家で認知症の母親を介護して2年になります。
夫と社会人の息子のいる自宅まで車で2時間弱ですが、
今は週に一度戻るのがやっとの状態です。

母は、若くして夫に先立たれ、
女で一つで私を育ててくれました。
80を過ぎても畑仕事に精を出し、病院とは無縁の生活でした。
それが二年前に、外出先で転倒して骨折。
2ヶ月の入院生活を余儀なくされたのです。
以来、足腰は見る見る弱り、軽い認知症も出始めました。
退院後、実家で母を世話することに、私は何の迷いもありませんでした。
永らく介護の仕事をしていたので知識もある。
「お母さんには今まで苦労をかけたもの。
今度は私が世話する番よ」
と自信いっぱい、意気揚々と介護を始めたのです。

EPSON103.jpg-1.jpg

病気なのだから・・・
頭では分かっているけど

ところが、その自信はあっけなく打ち砕かれました。
ある日、歩行訓練をしようとした時のことです。

私「さあ、今日も歩く練習をしよう」
母「足が痛いからイヤ!」
私「このままじゃ歩けなくなっちゃうよ」
母「じゃあ、歩けなくてもいい」
私「そんなワガママ言わないで、ちゃんと練習しなくちゃだめ!やればできる!」

病気なのだから無理もないと頭では分かっているのに、
いざ母を目の前にすると、きつい口調になってしまうのです。
母は料理上手だったのに、
得意な肉じゃがも作れなくなりました。
服を着るにも、どこに手を通せばよいか分からず、
一人で着替えができません。
家中は貼り紙だらけ。
「このプラグ抜いちゃだめ」
「このスイッチは押さないで」等々。
それでもテレビのプラグを抜いてしまい、
抜いたことすら忘れて「テレビがつかない。壊れた、壊れた」
と大騒ぎするのです。
日常の簡単なことすら次々とできなくなっていく母。
私は無力感に襲われました。
仕事なら、どんなにつらくても仕事と割り切れる。
しかし実の親の介護となると全く勝手が違いました。

EPSON104.jpg-1.jpg

“早く楽になりたい・・・”
     そう思うのは私だけ?

最近もこんなことがありました。
買い物に出かけている間に、携帯の着信が30回。
留守番にも「早く帰ってきて」と母の怒りの声。
急いで帰宅し、すぐ夕食の支度をしました。
母はテレビばかり見ています。

ムッとした私はつい、
「箸ぐらい準備してよ!」。
言ってから「しまった」と思っても手遅れです。
母は急に不機嫌になり、ベッドに潜り込んでしまいました。
何度呼んでも起きてきません。
仕方なく独りで食べ、後片づけも終えた頃、
母は起きてきて何事もなかったように
お菓子を食べ始めました。
もう私は怒る気力すら萎えてしまうのでした。
精神的に不安定だと、母が夜中にわめいたり、
物を投げつけてくることも少なくありません。
「いい加減にして!」
私はいつしか、手を上げるようにもなってしまいました。

もう嫌だ、こんな日々、いつまで続くのだろう・・・。
お釈迦さまが『仏説父母恩重経』に
親の恩の重いことを教えられているのに、
私はそのお話をお聞きしているのに、
母に対してひどいことを言い、叩いてしまう。
私には親の恩に報いようという気持ちがないんだ。
自分が楽になることしか考えていない。
何てあさましいんだろう。

毎日そんなことばかり考えていた頃、
『とどろき』の読者にも似た境遇の方がおられることを知ったのです。

やってみて
    初めて知らされる

ああ、西川 博美さんと同じだ。
私も真心込めた介護ができるとうぬぼれていた!
ふと、以前に「聞法のつどい」に参加した時のノートを取り出し、
ページをめくってみました。
そこには、親鸞聖人の『末灯鈔』のお言葉がありました。

EPSON105.jpg-1.jpg

親をそしる者をば五逆の者と申すなり
                 (末灯鈔)

大恩ある親を殺すのは、
仏教で「五逆罪」といわれる重罪です。
だが手にかけて殺すばかりが親殺しではない。
「うるさい」「あっちへ行け」などと
ののしるのも五逆罪なのだよ、と親鸞聖人は教えられている。
また仏教では、行為といっても、
身・口・心の三つの行為をいいますが、
中でも最も重く見られるのが、心の行いです。
「殺るよりも、劣らぬものは、思う罪」
といわれるように、最も恐ろしいのは「心で殺す罪」。
心で親を邪魔者扱いする五逆罪は、
「無間業」といわれる大変恐ろしい罪だと教えられているのです。

都合が悪くなると、心で母を邪魔だなあと思う・・・。
これも五逆罪に間違いない。
そんな恐ろしいことを思い続けながら、
上辺(うわべ)はいかにも親の恩を感じているように
取り繕っている。
誰にも言えぬ、こんな罪深い私はどうして救われようか。
私、絶対に幸せになんかなれない!
やってみて初めて知らされる己の心に、
恐れおののきました。
ところが親鸞聖人は、
「そんな極悪人こそが、
阿弥陀仏の正客(お目当て)なのだよ」
と仰るのです。

無明長夜の灯炬なり
智眼くらしとかなしむな
生死大海の船筏なり
罪障おもしとなげかざれ


阿弥陀さまは、苦悩の根元・無明の闇を
必ず破ってくださるから、決して悲しむことはない。
どんな悪人も、苦しみの海から必ず大船に救いあげてくださるから、
罪の重さを嘆かなくていいんだよ

希望の光を与えてくださった方は、
やはり親鸞さまでした。

EPSON106.jpg-2.jpg

手記はここで終わります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

闇夜に光  唯一の灯炬
  すべての人を
    必ず救う大船あり

お釈迦さまは
「父母の大恩 山より高く 海より深い」
と教えられています。

その厚恩に報いようと努めていくと、
知らされる自己の醜さ。
そんな私に救いはあるのでしょうか。


父母なくして、
私がこの世に生まれることはできなかった。
そんな大恩ある方なのに、
いざ親が寝込むと介護は大変だから、
できればしたくない、
誰かにやってもらいたいと思いがちです。
しかし、仏法を求める人にとって、親の介護は、
いかんともしがたい己の心を知らされる、
貴重な体験ともなりましょう。
本当の自己を知ることは、最も幸せに近いのです。

お釈迦さまは、
「仏教は法鏡なり」
と仰っています。
「法鏡」とは“法”は真実、私の真実を映し出す鏡である、
ということです。
7000余巻の一切経の中で、
親鸞聖人は
それ真実の経を顕さば(あらわさば)、すなわち
『大無量寿経』これなり

            (教行信証)
と断定されています。
その『大無量寿経』には、
私たちの実相がこのように説かれています。

心常念悪(しんじょうねんあく・心常に悪を念じ)
口常言悪(くじょうごんあく・口常に悪を言い)
身常行悪(しんじょうぎょうあく・身常に悪を行じ)
曽無一善(ぞうむいちぜん・かつて一善もなし)

            (大無量寿経)

すべての人間は、心も口も身も、
常に悪ばかりで、いまだかつて一つの善もしたことがない。

法律や倫理道徳では、身の行いや、
口から出た言葉で善悪を判断され、
心で何を思っているかは、ほとんど問題にされません。

しかし仏教は、心を一番重視するところが、
全く違うのです。

私の姿とは、私の心の相(すがた)。
自分の心が分からなければ、
幸せな心にはなれませんから、
仏教は私の心の実態を教えられているのです。

心をのぞけば  
     何が見える

一体、私たちの心は、
日々どんなことを思っているでしょう。
貪欲(とんよく)・瞋恚(しんい)・愚痴(ぐち)の塊で、
常に悪を思い続けていると、
お釈迦さまは、教えられます。
貪欲とは、金が欲しい、金が欲しい、物が欲しい、
男が欲しい、女が欲しい、褒められたい、
認められたいとお金や異性や名声に手を伸ばし、
どれだけかき集めても満たされず、
もっと欲しいと求める心です。

「財色(ざいしき)を貪狼(とんろう)す」
飢えたオオカミが獲物を貪るようだとお経には説かれています。
外見は紳士・淑女を演じながら、内心は喉から出そうな欲望の手を
必死に抑えているのが私ではないでしょうか。

こんな話がありました。
病気の老父が、面倒を見てくれていたヘルパーさんと
再婚したいと息子に切り出した。
しかし、息子夫婦は父の遺産の半分が
結婚相手に渡ってしまうのを阻止したい。
事業も傾きかけていた息子らが
「結婚しても、相手に苦労かけるから」と言って、結婚に猛反対。
親の死を計算し、自分の欲ばかり考える子供に、
父親はどんな思いがしたことでしょうか。

EPSON107.jpg-1.jpg

欲望のままにならないと、噴出するのが瞋恚(怒り)です。
積み上げた学問も修養も一瞬で焼き尽くし、
人を傷つけ、恨み憎しみの愚痴となってはトグロを巻く。

テレビや新聞で報道される犯罪に驚かぬ日はありませんが、
どれも皆、人間の心の仕業です。
すべての人間の心に貪欲・瞋恚・愚痴の鬼がすむのだと、
仏さまはスッパ抜かれています。
親鸞聖人は、ご自身の激しい罪悪をこう懺悔されています。

悪性さらにやめがたし
こころは蛇蠍(じゃかつ)のごとくなり
修善も雑毒なるゆえに
虚仮の行とぞなづけたる

       (悲歎述懐和讃)
性がやめがたく、
ヘビやサソリのような恐ろしい心だ。
こんな心でやる善行だから、
毒の混じった、ウソ偽りの善といわれて当然である

無明煩悩しげくして
塵数(じんじゅ)のごとく遍満(へんまん)す
愛憎違順(あいぞういじゅん)することは
高峯岳山(こうぶがくさん)にことならず

           (正像末和讃)
欲や怒りや愚痴の煩悩は体一杯、
激しく毒を噴き、自分の思い通りになる者は
かわいく思って近づけるが、
反する者には憎悪の念が噴き上がり、
嫌って遠ざける。
そんな心が大きな山ほどあるのが親鸞だ

分かっちゃいるけどやめられない

善に励み、悪をやめようと努めるほど、
この悪性の根深さを知らされます。

悪業をば恐れながらすなわち起し、
善根をばあらませども得ること
能わざる凡夫なり
」   (口伝鈔)
悪を造らぬようにと恐れながら犯し、
善をしようと欲しながら、できないのが人間である

法律家が法を犯し、警察官が万引きをし、
教師が盗撮で逮捕される。
理性や教養では、どうにも止められない人間の悪性を、
お釈迦さまは2600年前から、教えられているのです。

罪業が重く、一生不善の我々人間は、
大宇宙の諸仏方に見捨てられた
と、
蓮如上人は『御文章(御文)』に記されています。

十悪・五逆の罪人も、
空しく皆十方・三世の諸仏の悲願に洩れて、
捨て果てられたる我等如きの凡夫なり

十悪とは、欲や怒り、愚痴の心、
ウソや悪口、殺生(生き物を殺す)
偸盗(ちゅうとう・他人の物を盗む)
邪淫(邪な男女関係)などの十の悪をいいます。
五逆とは、大恩ある親を殺す罪で、
十悪よりも恐ろしい無間業(無間地獄へ堕ちる種まき)だと
教えられます。

真剣に親孝行しようとして初めて、
親不孝ばかりの己(おのれ)に泣かされる。
真心尽くして親を介護しようとして初めて、
噴き上がる己の悪性に愕然とさせられるのです。


「悪人を浮かばせる 
         大船あり」

こんな極悪人は救いようがないと、
十方諸仏にも見放された我々を
「私が必ず救ってみせよう」
とただ一人、立ち上がられたのが、
諸仏の本師・師匠である阿弥陀仏です

ここに弥陀如来と申すは、
三世十方の諸仏の本師・本仏なれば、
今の如きの諸仏に捨てられたる末代不善の凡夫をば
弥陀にかぎりて、
『われひとり助けん』という超世の大願を発して

             (御文章二帖目八通)

智慧の眼(まなこ)がなく、
罪業の鎖に縛られて苦悩から逃げ出せぬ私たちを、
本師本仏の阿弥陀仏だけが“誰が見捨てても、
我は見捨てぬ、必ず助けてみせる”
と今も呼び続けられているのです。

真っ暗な人生の海に、
明々(あかあか)と灯炬を掲げ、
苦海を渡す大船を造られ
「おまえを必ず乗せて極楽浄土へ連れていくぞ」
と阿弥陀さまは誓われているのです。

その大船に乗せていただくには、
どうすればよいのでしょう。
「仏法は聴聞に極まる」
聴も聞も、きくということですから、
仏法を聞く一つで助かるのです。
仏法を聞かねば、
地獄行きのタネしか持たぬ極悪の身とも知らず、
そのまま救う弥陀の大船には乗れませんから、
助かりません。

生死の大海を渡す大船に乗せていただき、
苦難の波が、
歓喜の法悦と転じる人生を
歩ませていただきましょう。

無明長夜の灯炬なり
智眼くらしとかなしむな
生死大海の船筏なり
罪障おもしとなげかざれ

         
 (正像末和讃)

 


nice!(36)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ネットコミュニティ

どうすれば「南無阿弥陀仏」を受け取れるのか!? [南無阿弥陀仏]

〝生きてよし、

   死んでよし〟

浄土往生間違いない身に

 あなたも必ずなれる

       南無阿弥陀仏の大功徳

 

お釈迦さまは、私たちに西方、極楽浄土(彼岸)を示されて、

「ひたすら西へ進みなさい。必ず幸せになれる」

と教えられました。

極楽往生と聞くと、遠い先の死後のこと、

日常の生活と懸け離れた、おとぎ話のように思われるかもしれません。

しかし一日一日、死に向かって進んでいるのが私たちですから、

来世の問題は避けて通れません。

未来がハッキリしないままか、極楽往生とハッキリするのかで、

人生はガラリと変わります。

今回は、浄土へ往く身にハッキリ救われるとどうなるのか、

どうしたらなれるのか、親鸞聖人からお聞きしましょう。

 

親鸞聖人の教えは、釈迦の説かれた仏教以外にありません。

仏教とは仏の教え。

仏とは、世間でよくいわれるように、〝死んだ人〟のことではなく、

最高無上のさとりである仏覚をさとられた方をいいます。

仏覚までさとられた方は、地球上ではお釈迦さまだけですから、

「釈迦の前に仏なし、釈迦の後に仏なし」

ともいわれます。

そのお釈迦さまの教えは、「一切経」に全て書き残されています。

その数は、7千余巻に上る膨大なものですが、

その中に、何が説かれているのでしょうか。

一切経を何度も読まれた親鸞聖人は『正信偈』に、

「釈迦如来が仏教を説かれたのは、

阿弥陀仏の本願唯一つを教えんがためだった」

と、断言されています。

ですから、阿弥陀仏の本願一つ分かれば、

仏教は全て分かったことになります。

では、その阿弥陀仏の本願とは何でしょうか。

まず阿弥陀仏とは、どんな仏さまか、

お釈迦さまは『大阿弥陀経』に、

「阿弥陀仏は、諸仏の中の王なり、光明の中の極尊なり、

光明の中の最明無極なり」

阿弥陀仏は、大宇宙にまします仏方の王である。

そのお力は、あらゆる諸仏の中で最も強く尊く、

無限である

と教えられ、親鸞聖人の教えをそのまま伝えられた蓮如上人は、

阿弥陀如来と申すは、三世十方の諸仏の本師・本仏なり

                (御文章2帖目8通)

阿弥陀仏は、あらゆる仏の先生、師匠であると教えられています。

 

阿弥陀仏が、諸仏の王様、師匠と褒めたたえられるのは、

大宇宙のどんな仏さまもかなわぬ、

無上最高の本願を建てられたからです。

親鸞聖人は『正信偈』に

「阿弥陀仏は無上殊勝の願(本願)を建立し、

希有の大弘誓を超発せられた」

と仰がれています。

本願とは誓願ともいい、お約束のこと。

『大無量寿経』にはこの阿弥陀仏の本願が、

漢字36文字で記されています。

今日の言葉で表すと、

どんな人も必ず

    絶対の幸福に救う

と誓われています。

 

●人生の難度海に大船あり

 

親鸞聖人は、主著『教行信証』の冒頭に、

この阿弥陀仏の本願をこう仰っています。

「難思の弘誓は難度の海を度する大船」(教行信証)

「難思の弘誓」とはどんな人をも救う阿弥陀仏の弘いお誓い、

本願のことです。

この阿弥陀仏の本願を親鸞聖人は、

大きな船に例えられ、「難度の海」を明るく楽しく渡す

大船と仰っています。

「難度の海」とは、私たちの人生のこと。

人生は〝忍耐、また忍耐〟の堪忍土。

無限に押し寄せる波のように、

つらいことが次々にやってきますから、

「苦海」ともいわれます。

若い時は意気揚々と肩で風切って歩いていても、

仕事・育児と駆け回るうちに、気がつけば中年、

老年になっている。

運動が大事と言われウオーキングに出掛けるが、

立つも座るも痛みを伴う。

ケガでもすれば、危ないからと禁止令。

仕方なく居間のテレビをつければ、

ここは異国かニッポンか?

聞き慣れぬ最近の言葉に戸惑って、

字幕を見ても目は薄く、ボリュームを上げると叱られる。

中学卒業後、50年ぶりの同窓会。

ドキドキしながら出掛けていくと、

「昭和○年度○○中学校同窓会」の立て看板。

「ここだ」と入った会場は、なぜか見慣れぬ人ばかり。

すっかり顔形が変わっていた。

「私、佐藤です・・・あなたは?」

「私、鈴木です。あ、お久しぶり!」

名前を聞いても分からない。

分かった顔して「お久しぶり!」。

それから記憶を捜し出す。

酒宴の会話も聞き取れず、尋ね直しも2回まで。

後は聞こえたふりして隣に合わせて笑ってる。

食後に持参の薬を出せば、病気の話題で盛り上がる。

帰る頃には

「ところで、あなた、お墓どうするの?」。

やっぱり気になるのは、行き先のようです。

IMG_20220913_0001.jpg-5.jpg

この苦悩の難度海を、現在ただ今、

絶対の幸福に救い摂って、

必ず浄土(彼岸)へ渡してくださる大きな船がある。

その大船に早く乗せてもらいなさいよと、

教え勧められたのが親鸞聖人です。

 

「そんな大船に乗らなくても、大丈夫」

と思う人があるでしょう。

周りを見ても、けっこう楽しそうに生きている。

人生は荒波あってこそと、豪語している人もある。

苦難にチャレンジする人生がいい、

まだまだやりたいことがあるから、

仏法は年を取ってからと思うのでしょう。

そのやりたいこと、心の支えにしていることを親鸞聖人は、

難度海に浮かんだ丸太や板切れに例えられています。

大海を泳ぎ続けるのは大変で、

何かにすがらずにはいられません。

丸太を目掛けて泳ぎ、ようやくすがってヤーレヤレと

安心するのもつかの間、大きな波のパンチを受ければ、

たちまちひっくり返ります。

健康自慢で、ゴルフだ旅行だと楽しんでいた人が、

突然の病に倒れ、

「こんなことになるとは、夢にも思わなかった」

と嘆いている。

大雨や大火事で、水や火が家をのみ込み驚き嘆く人もあります。

 

●生まれて来てよかったと、喜んでみたい

 

「奥さんらはいいですね。

もう、何もかも済んでしまって楽ですわね」

町内会の集まりで大きなおなかをしたお嫁さんが、

思うに任せぬ身体の不自由さと、

近づくお産の不安に顔を曇らせ、

60過ぎの隣の奥さんに、こうささやく。

すると彼女は、とんでもないよと言うように大きく首を振る。

「あんたら若い人はいいよ。私らのようになるともう、

死ぬのを待つばかりよ。

それも楽に死ねたらいいが、長患いでもしてみんなから嫌われ

邪魔者扱いされて、苦しんで死ぬのではなかろうかと、

それが心配で心配でならんのよ」

大学生の娘は試験がなかったら楽なのにとぼやき、

結婚して暴力亭主に苦しむ妻もありで、

人生、どちらに向いても難度海です。

 

あるスポーツ選手が

「苦しい練習をして栄光を勝ち取っても、

一瞬なんですよね、報われるのは」。

そして「こんなものかも・・・」とつぶやいていました。

欲しいと思ったものを、どれだけ手に入れても、

その喜びは続かず、失えば苦しみ悲しみの元になる。

太宰治は、小説『斜陽』の中で、

主人公にこう言わせています。

「幸福の足音が、廊下に聞こえるのを今か今かと

胸のつぶれる思いで待って、からっぽ。

ああ、人間の生活って、あんまりみじめ。

生まれて来ないほうがよかったとみんなが考えているこの現実。

そうして毎日、朝から晩まで、

はかなく何かを待っている。

みじめすぎます。生まれて来てよかったと、

ああ、いのちを、人間を、世の中を、

よろこんでみとうございます」

 

苦しむばかりの人生なら、何のために人間に生まれ、

生きているのか。

なぜ生きなければならないのか分かりません。

生命の歓喜もなく難度海に漂い溺れ、

やがて死んでいかねばならぬ私たちを、

本師本仏の阿弥陀仏は、難度海から救い上げて

大船に乗せ、必ず絶対の幸福にしてみせると、

命を懸けて約束されているのです。

 

●未来がハッキリする絶対の幸福

 

私たちの幸せは、色あせ、崩れてしまうものばかりです。

だから不安、苦悩から離れられません。

では、阿弥陀仏が誓われている絶対の幸福とは、

どんな幸せでしょうか。

仏教の言葉では「往生一定」ということです。

「往生」とは、世間では困ったとか、

死ぬという意味で使っていますが「往生」の「往」も

「生」も困るとか死ぬという意味は、

全くありません。

「往生」とは、往(い)って生まれると読みます。

「往く」とは、阿弥陀仏の極楽浄土へ往く、

「生まれる」とは、阿弥陀仏と同じ仏さまに生まれるということ。

「一定」とは一つに定まる、ハッキリするということです。

ですから「往生一定」とは、いつ死んでも極楽浄土へ往って

仏に生まれることがハッキリするという意味です。

現在ただ今から、生きてよし・死んでよし、

大安心・大満足の無上の幸せに生かされるのです。

未来が明るければ、現在が明るくなります。

どれだけ富や名声に恵まれても、

人生が何となく灰色にくすんで不安なのは、

未来がハッキリしないからです。

死んでどこへ行くのか。

これ以上の大事はありませんから、

仏教では「後生の一大事」といいます。

お釈迦さまは、明日はどうなるか分からない私たちの、

危うい命に警鐘を鳴らされ、はやく後生の一大事を解決して、

未来明るい絶対の幸福になりなさいと言われているのです。

 

親鸞聖人は4歳でお父様、8歳でお母様を亡くされ、

この一大事の後生に驚かれました。

親がいなければ一日も安心できぬ子供にとって、

ご両親を亡くされた心境は計り知れません。

「明日ありと 思う心の 仇桜

  夜半に嵐の 吹かぬものかは」

と歌われ、次に死ぬのは自分の番だと9歳で仏門に入り、

後生の一大事の解決に取り組まれたのです。

その親鸞聖人が29歳の御時、法然上人から

「阿弥陀仏の本願」を聞かれ、

立ちどころに往生一定、絶対の幸福に摂取された。

その歓喜は泉のごとく、90歳でお亡くなりになるまで、

聖人の身にあふれています。

 

●どうすれば絶対の幸福になれるのか

 

ではどうすれば、生きてよし死んでよし、

の絶対の幸福になれるのでしょうか。

お釈迦さまも親鸞聖人も、

「聞く一つ」

と仰っています。何を聞くのか。

「聞其名号 信心歓喜」(その名号を聞きて信心歓喜す)

と教えられています。

「名号」とは「南無阿弥陀仏」の六字のこと。

「南無阿弥陀仏」とは何か、蓮如上人から教えていただきましょう。

 

「南無阿弥陀仏」と申す文字は、その数わずかに六字なれば、

さのみ功能のあるべきとも覚えざるに、

この六字の名号の中には、無上甚深の功徳利益の広大なること、

更にその極まりなきものなり     (御文章5帖目13通)

 

南無阿弥陀仏といえば、字数はわずか六字であるから、

そんな凄い力があるとは誰も思えないだろう。

だがそれは猫に小判、豚に真珠といわれるように、

南無阿弥陀仏〈名号〉の真価を知る知恵がないからである。

本当は南無阿弥陀仏の六字の中には、

どんな人をも無上の幸福にする、

釈迦も説き尽くせなかった計り知れないお力があるのである

 

阿弥陀仏は「どんな人をも必ず絶対の幸福に助ける」

というお約束を果たすために、

すべての人を絶対の幸福(往生一定)にする力のある

南無阿弥陀仏を創られました。

釈迦の七千余巻の「一切経」は、

この南無阿弥陀仏の大功徳一つを説かれたといってもいいのです。

蓮如上人はこうも仰っています。

 

一切の聖教というも、ただ南無阿弥陀仏の六字を

信ぜしめんがためなり     (御文章5帖目9通)

 

ある熱心なおばあさん、住職に尋ねた。

「住職さんは、一切経を何回読まれましたか?」

「一切経?何回って、7千余巻もあるんじゃぞ。

読めるものかい」

「住職さんともあろう人が、情けないですね~」

「情けないって、じゃあ、あんた読んだことあるんか?」

「もちろん、ありますよ」

「えーっ!?]

「毎日の勤行で、何十回も念仏称えています。

一切経をぎゅーっと絞った絞り汁が南無阿弥陀仏の六字ということ、

住職さん、知らんのですか」

 

まさしく南無阿弥陀仏の六文字には、7千余巻の一切経が

収まっているのです。

仏教を聞くとは、

「どんな人も、往生一定、絶対の幸福にする働きのある

『南無阿弥陀仏』の大功徳を聞いて、頂く」

ということ。

それを「聞其名号」と仰っています。

お釈迦さまが「弥陀の浄土(彼岸)へ向かって進みなさい」と

勧められているのは、南無阿弥陀仏の無上甚深の大功徳を聞き、

仏凡一体になりなさい、人間に生まれてよかった、

苦しくても生き抜いてよかった、

いつ死んでも浄土往生間違いなしと、

心から喜べる身になりなさいということです。

「『聞く一つ』で必ずなれるから、なりなさい」

と仰っているのです。

皆さんもぜひ、聞法精進し、この世から未来永遠の

幸せの身にならせていただきましょう。

聞法の場に足を運ぶことが、浄土(彼岸)への第一歩です。

nice!(29) 
共通テーマ:資格・学び

はかない幸せを求めるより、なぜ未来永遠の幸福を求めないのか!? [南無阿弥陀仏]

(真実の仏教を説かれている先生の書かれた「とどろき」から載せています)


「帰命無量寿仏如来 南無不可思議光」
で始まる『正信偈』は、
親鸞聖人が750年ほど前に書かれたものです。
なんとしても、すべての人に知ってもらいたいことがある。
『正信偈』を書かれた聖人のお気持ちのすさまじさは、
「恩徳讃」に歌われています。

如来大悲の恩徳は
身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も
骨を砕きても謝すべし

身を粉にしても、伝えたい。
それは如来大悲の恩徳だ。
骨を砕いても、知らせたい。
それが師主知識の教えなのだ

命を捨てても、伝えたかったこと。
それが一字一涙の『正信偈』となったのです。

親鸞聖人を最も尊敬し、
聖人の教えを信奉する我々は、
朝晩、勤行(おつとめ)で『正信偈』を拝読します。
聖人が、身を粉にしても、
骨を砕いても伝えたかった教えを、
直々に聞かせていただくご縁ですから、
朝晩の勤行がいかに大切か、お分かりでしょう。
しかしせっかく拝読しても、
意味が分からなければ、私たちの大きな損失です。
本願名号正定業」
この一行で聖人は、どういうことを言われているのか、
お話しいたしましょう。

これは、
「本願の名号は、正定の業なり」
と読みます。
「名号」とは「南無阿弥陀仏」の六字のこと。
「業」とは、「働き」。
「正定」は「正定聚」のことです
から、
意味は一言で、こうなります。
本願によってつくられた『南無阿弥陀仏』の名号には、
私たちを正定聚の身にする働きがある

では「正定聚」とは、どんなことでしょうか。

●「正定聚」とは

仏教でさとりといいましても、
一つや二つではありません。
低いさとりから高いさとりまで、
全部で五十二の位があります。

これを「さとりの五十二位」といわれます。
ちょうど、相撲取りといっても、
下はふんどし担ぎから上は大関、横綱まで
いろいろあるようなものです。

中でも最高のさとり、
五十二段目の位を仏覚といい、
これ以上のさとりはありませんから、
無上覚ともいわれます。

この地球上で仏のさとりを開かれた方は、
約2600年前、インドに現れたお釈迦さま、
ただお一人。
だから三大聖人、二大聖人といっても
常に最初に挙げられ、
世界最高の偉人と仰がれています。

「正定聚」とは、仏覚の一段下、
五十一段の位をいわれるのです。

EPSON086_jpg-1-304f9.jpg
(等覚=正定聚)

有名な達磨大師は、インドで生まれ、
仏教を伝えようと中国に渡り、
120歳まで生きたと言われます。
達磨には手足がありません。
壁に向かって9年間、座禅を組み、
手足が腐るほどに修行したからです。

その目は、ものすごい形相でにらみつけていますが、
恐ろしい感じがしないのは、
厳しい修行にあきらめようとする自分の心を、
にらみつけている目だからです。
その達磨でも、開いたさとりは
30段ほどであったといわれますから、
仏のさとりまでは遠く及びません。

また、中国で天台宗を開いた、
天台という人がいます。
親鸞聖人が
「天台ほど頭のいい者は聞いたことがない」
と言われるほどの人物ですが、
臨終に、弟子から「師匠は何段までさとられましたか」
と聞かれて、
「五品弟子位(九段目)までしかさとれなかった」
と告白しています。


ところが親鸞聖人は、
「本願の名号は正定の業なり」
本願の名号には、いつ一日、
仏道修行したこともない私たちを、
この世で五十一段高とびさせ、
正定聚の身にする働きがあるのだよ

と、朝晩『正信偈』に、
驚くべきことを言われているのです。

名号に救い摂られた
      聖人の叫び

その名号の働きによって救われた、
自身の喜びを、
親鸞聖人は『正信偈』の初めに、
「帰命無量寿仏如来 南無不可思議光」
「無量寿如来に親鸞、帰命いたしました。
不可思議光に親鸞、南無いたしました」
と叫んでおられます。

「無量寿如来」「不可思議光」とは、
ともに本師本仏の阿弥陀如来のこと。
「帰命」とは中国の昔の言葉、
「南無」はインドの昔の言葉で、意味はいずれも、
「救われた、助けられた」ということ。
「正定聚の身に救われた」ことです。
「阿弥陀如来に親鸞、救われたぞ」
「阿弥陀如来に親鸞、助けられたぞ」
と二度と繰り返されているのは、
何度でも叫びたい、命懸けても伝えずにおれない、
本当の幸福の厳存を、宣言しておられるのです。


●絶対に壊れない幸福

私たちが求めている幸福は、お金が欲しい、
いい人と結婚したい、立派な邸宅に住みたい、
といったことでしょう。
確かに一時満足できますが、
何かしらが忍び寄り、幸せは色あせ、
いつの間にか消えてしまいます。
また、ふとしたことで壊れてしまう
不安がつきまとっています。

EPSON113.jpg-1.jpg


心底、私たちが求めているのは、
絶対崩れない幸福ではないでしょうか。
その絶対の幸福にしてみせる、
と誓われているのが、
「阿弥陀如来の本願」なのです。

「本願」とは、誓願であり、約束のこと。
阿弥陀仏は、無常の幸福しか知らず、
いつもガラスの不安におびえている私たちを、
絶対に壊れない幸福(正定聚)の身にしてみせる、
と誓われている。


だから、その誓いを果たすために作られた名号には、
すべての人を正定聚にする働きがあるのだ”

と言われているのが、
「本願の名号は正定の業なり」
というお言葉です。

正定聚のことを「正定聚不退転」ともいわれます。
「不退転」とは、壊れない、崩れないこと。
弥陀に救い摂られた満足は、
絶対不変ですから、「正定聚不退転」といわれ、
今日の言葉で「絶対の幸福」というのです。

その絶対の幸福に、南無阿弥陀仏の名号によって
救われたのだと、聖人は最初に、
「帰命無量寿如来
南無不可思議光」
ご自身のことを表明し、早く多くの人に、
こんな幸福のあることを伝えねばならぬ、
と筆を執られたのが『正信偈』百二十行なのです。

「南無阿弥陀仏」の名号を、
弥陀から賜るのは「一念」です。
親鸞聖人が「時剋の極促」
と言われるこの「一念」は、
アッという間もない、時間の際まりのこと。
これ以上短い時間はない、
という一念の早技で正定聚の身になれます。


蓮如上人はこれを有名な「聖人一流」の御文章に、
「一念発起・入正定之聚(にゅうしょうじょうしじゅ)」
平生の一念で南無阿弥陀仏を賜って、
正定聚になるのだ

と言われています。
しかも、寿命尽きれば直ちに浄土へ往って、
弥陀と同じ仏のさとりを開くことができる。
「南無阿弥陀仏」には、
そんな偉大なお力があるのです。

EPSON119.jpg-1.jpg

EPSON119.jpg-2.jpg

 

●「われ一人、助けん」

こんな素晴らしい名号を作ることができるのは、
大宇宙広しといえども、
本師本仏の阿弥陀仏だけです。

蓮如上人は、『御文章』にこう仰っています。

それ十悪・五逆の罪人も、五障・三従の女人も、
空しく皆十方・三世の諸仏の悲願に洩れて、
捨て果てられたる我等如きの凡夫んあり。
しかればここに弥陀如来と申すは、
三世十方の諸仏の本師・本仏なれば、
久遠実成の古仏として、
今の如きの諸仏に捨てられたる
末代不善の凡夫・五障三従の女人をば
弥陀にかぎりて、
『われひとり助けん』という超世の大願を発して

大宇宙にまします仏さまは、皆お慈悲な方々ですから、
苦しみ悩んでいる私たちをご覧になられて、
何とか助けようとしてくだされた。
ところが、我々の罪があまりにも重く
助けることができなかった。

私たちは、諸仏に捨てられたのだと、蓮如上人は、
「諸仏の悲願に洩れて」
と言われています。
そこで、すべての仏に見放された罪深い私たちを、
本師本仏の阿弥陀仏だけが、
「ならば私が助けよう」と立ち上がってくだされた
ことを、
「弥陀にかぎりて、『われひとり助けん』という
超世の大願を発して」
と言われているのです。

しかも阿弥陀仏は、本願の中に、こう誓われています。
「若不生者 不取正覚」
“もし生まれずば、正覚を取らじ”

「正覚」は仏のさとりのことで、
仏さまの命ですから、
「もし生まれさせることができなければ、
命を捨てる」
というお言葉です。


例えて言うと、ある女性が、具合がおかしいので
医者に行くと、「間違いなくおめでたです。
ただ、大変な逆子。うちではどうにもなりませんので、
日本一の産婦人科医を紹介します」
大病院に行くと、「色々な子供を取り上げてきましたが、
こんな逆子は初めて。
アメリカに、世界一の医師がいます。
そこへ行くしかありません」
そう言われて、世界一の医者を求めて渡米した。
診察した医師は、やはり、
「今まで見たことない逆子ですね」と言う。
「でも大丈夫。私は一度も失敗したことはない。
必ず無事生まれさせてみせます」
それでも女性は心配そう。
その不安を晴らすために医師が、
奥さん、任せてください。
もし満足に生まれさせることができなければ、
私は医師の資格を捨てる。
医者の命を懸けて、必ず生まれさせてみせます」
と誓われたようなものです。

自覚していませんが、実は私たちは、
腹底に大変な逆子を抱えている。
その名前を蓮如上人は、
無明業障の恐ろしき病
と『御文章』に何回も書かれています。

私たちが本当の幸福になれないのは、
この「無明業障の恐ろしき病」
にかかっているからなのです。

EPSON115.jpg-1.jpg

なぜ有無同然なの?

お釈迦さまは「有無同然」と説かれました。
「有っても無くても、苦しんでいるのは同じ」
ということです。
幸福求めて生きているのに、
山積みの札束も、豪邸暮らしも、
理想の結婚も、心を満たしてはくれません。
無いよりは有ったほうがましだろうと
努力して手に入れても、
心の奥底から、それで本当に幸せか、と問われると、
まあこんなもんだよ、とやり過ごし、
ただ時が過ぎていく。

EPSON116.jpg-1.jpg


見せかけの快楽に、だまし、だまされ、生きています。
合格、就職、出産、栄転、胴上げされて喜んだのも、
ああ、あれは夏の夜の花火・・・。
科学が進歩し、経済が繁栄し、医学の発展で長生きできれば、
幸福になれると思っているのも、幻想です。
あらゆる面で進歩したはずの今日も、
凄惨なニュースがあふれている。
心をなくした文明がどんなに発展しても、
有無同然の苦しみの現実は、変わりありません。

苦しみの元凶は、無明業障の恐ろしき病という
心の病だからです。
ところが、この病にかかっていながら、
そんな自覚は誰もありません。
よくよく仏法を聞かなければ、知らされない、
心の奥底の病なのです。

無明の闇・・・死後に暗い心

無明業障の「無明」とは、明かりがない、暗い心。
この心が問題なのです。

私たちは必ず死んでいかねばなりません。
嫌だ嫌だと言いながら、
死は何人(なにびと)も避けられません。
死ねばどうなるのか。
「何もなくなるよ」と言う人がいますが、
自分の子供や親が死んでも、そう思えるでしょうか。
冥福を祈る。
冥福とは、「冥土の幸福」ということで、、
冥土とは死んだ後の世界です。
死後があると思うから、
その幸福を祈るのでしょう。
しかも、幸福になっているのなら、
冥福を祈る必要もない。
どうも苦しんでいるのでは、と感ずるからこそ、
冥福を祈らずにおれないのです。
各地で慰霊をする。
慰めるべき霊がなければ、
慰霊の意味がないのですから、
死後も続く何かがあり、しかも慰めなければならない
状態だと思えばこその儀式です。
冥福を祈るのも、慰霊するのも、
死んだ人が私たちより苦しんでいるという
心情からではないでしょうか。

みな老後を心配して、年金問題に大騒ぎ。
しかし、老後で人生終わりじゃない。
一休が「世の中の、娘が嫁と花咲いて、
嬶としぼんで婆と散りゆく」
と言うように、おばあちゃん、では終わらない。
「散りゆく」先の死んだ後はどうなっているのか。
分からないではありませんか。
だから、心は真っ暗がり。
この後生暗い心を、仏教では「無明」とか、
「無明の闇」といわれているのです。

人は皆、この心をごまかしながら生きています。
それはちょうど、目をつぶったまま走っているようなもの。
目隠しして突っ走っている、といってもいいでしょう。

やがて、壁にドーンとぶつかります。
確実な未来がハッキリしない人生に、
本当の安らぎも喜びもありませんから、
これを「無明業障の恐ろしき病」にかかっている、
といわれているのです。

EPSON117.jpg-1.jpg

●弥陀の崇高な願い

「南無阿弥陀仏」の名号には、
この無明業障の病を治す働きがあります。

いわば、難病を完治する薬が、
六字の名号といえましょう。
親鸞聖人は、それを次のように教えられています。

無碍光如来の名号と
かの光明智相とは
無明長夜の闇を破し
衆生の志願をみてたもう

「無碍光如来の名号」とは、
「阿弥陀如来のつくられた、南無阿弥陀仏の名号」
のことです。
「かの光明智相」とは、
「名号を、私たちに受け取らせようとする弥陀のお力」
をいいます。
「南無阿弥陀仏」の名号を命がけで完成された阿弥陀仏は、
それを私たちに与えようと、
命を懸けられておられるのです。

ところが私たちは、無明業障の病にかかっている
自覚すらありませんから、
薬を飲もうともしません。
名号を受け取る気がない、ということは、
仏法を聞く気がないということです。

仏法を聞いている人は、
なんとか名号を与えたいという阿弥陀仏のご念力によって、
引っ張り出されたのです。

言われてみればそうかなあと感じる人もあるでしょう。
その弥陀のお力を「かの光明智相」と言われているのです。

次に「無明」とは、無明業障のこと。
これは蓮如上人が「無始よりこのかた」の病と
言われているように、始まりのない始まり、
人間に生まれる前からの病ですから、
「長夜の闇」と言われています。
その「無明長夜の闇を破し」
とは、無明業障の恐ろしき病を治す、
ということです。
「南無阿弥陀仏」の妙薬で、この心の病気が全快した時、
「よくぞ人間に生まれたものぞ」
の生命の大歓喜がおきる。
無始より続く迷いの根元が断ち切られ、
この身になるための人生だったと、
大安心の明るい心になるのです。

「衆生の志願をみてたまう」
「衆生」とは、私たちのこと。
「志願」とは、望み、願い、希望のことです。
“ならば「衆生の志願」とは、「私たちの願い」のことで、
それを満たしてくださるのか”
と思われるかもしれませんが、違います。


私たちの願いは、食いたい、楽がしたい、眠りたい。
これ以外にありません。
弥陀は、そんな程度の願いを満たす、
と誓われているのではないのです。
果てしない過去からの「無明業障の恐ろしき病」
を一念で完治させ、未来永遠の幸福にしてみせる。
その弥陀の崇高な願いを、
私たちの衆生の上に、満たしてくだされるのだ、
と親鸞聖人はおっしゃっているのです。

EPSON118.jpg-1.jpg

●親鸞聖人の
    「報恩講」とは

「報恩講」とは、11月28日の聖人のご命日を縁に、
「親鸞聖人のご恩に報いる集まり」
聖人に喜んでいただいてこそ、
まことの報恩です。
では私たちがどうすることが、
最も喜ばれるこのなのでしょうか。

それは、聖人が身を粉に骨を砕いても、
伝えずにおれなかったことを正しく知り、
そのとおりの身になる以外ありません。

一日も早く、「南無阿弥陀仏」の大功徳を獲得し、
いつ命尽きても
弥陀の浄土間違いなしの大満足の人生を、
心行くまで味わってください。

(平成19年10月号のとどろきから載せています。)


nice!(29)  トラックバック(0) 
共通テーマ:資格・学び

阿弥陀仏の本願以外に、仏教はない [聖道仏教と浄土仏教]

   


顕示難行陸路苦(難行の陸路の苦しきことを顕示し)
信楽易行水道楽(易行の水道の楽しきことを信楽せしめたまう)


これは龍樹菩薩の教えられたことを、
親鸞聖人が明らかにされているお言葉です。

大意はこうです。
“「難行」の教えでは誰も助からない。
すべての人の救われる道は、
阿弥陀仏の本願しかないのだから、
早く弥陀の本願を聞きひらき、
無上の幸福に救われてもらいたい。
龍樹菩薩は我々に、かく勧められているのである”

今回は、この2行について学びましょう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●難行道と易行道


まず「難行」「易行」と言われているのは、
「難行道」の仏教と「易行道」の仏教のことです。


「難行道」の仏教とは、“捨家棄欲”といって、
妻子家族を捨てて深山幽谷に入り、
欲や怒りの煩悩と闘う難行苦行によって、
仏のさとりを得ようとする教えです。

現在も日本にある宗派でいえば、
天台宗、真言宗、禅宗、華厳宗などで、
聖道諸宗ともいわれています。

例えば比叡山の天台宗は、
『法華経』の教えに従って戒律を守り、
さとりを開こうとする宗派で、
今日でも「千日回峯行」といわれる荒行があります。
真夜中の零時前に起床して、
山上山下の行者道を30キロ歩くのです。
この間、堂塔伽藍や山王七社、霊石、霊水など
約300カ所で所定の修行。
無論、雨風雪、病気になってもやめることはできない。
もし途中で挫折した時は、
持参の短刀で自害するのが山の掟になっています。
初めの3年間は毎年100日、次の2年間は毎年200日、
その翌年は100日、最後は200日間、
休まず修行しなければならず、とりわけ大変なのが、
最後の年に100日続ける「大回り」です。
山を下りて京都の修学院から一乗寺、
平安神宮、祇園と1日84キロを、
17、8時間で回る生死関頭の苦行です。
最澄が叡山を開いてより今日まで、
やり遂げた人は数える程で、文字通り命がけの修行です。
それでも、仏のさとりにはほど遠い、
初歩の段階といわれます。


IMG_20150606_0001.jpg-1.jpg
このように「行ずることが難しい教え」
ゆえに「難行道」と言われているのですが、
これは龍樹菩薩が身をもって知らされたことでした。


●龍樹菩薩でさえ


今日まで、52段のさとりの最高位である仏覚に到達された方は、
2600年前、インドで活躍されたお釈迦さまお一人です。
その釈迦に次いで高いさとりを開かれた方が、龍樹菩薩です。
面壁9年で手足腐るほど修行に打ち込んだ、
あの達磨大師でも30段そこそこであったと言います。

中国天台を開いた智者(天台大師)も臨終に、
「ただ五品弟子位(10段に満たない位)あるのみ」
と告白しています。

これらと比較しても、
自力難行によって41段のさとりを開かれた龍樹菩薩が、
いかに人並み外れて優れた方か、知られましょう。

今日も仏教の諸宗派から尊敬され、
「小釈迦」とか「八宗の祖師」と仰がれているのも分かりますね。
ところが、です。その龍樹でさえも、
「『難行』の教えは険しく苦しい道だから、
とても仏覚まで到達することはできない。
意志薄弱、ねい弱怯劣の私ごとき者の進める道ではなかった

と知らされ、真に魂の救われる道を探し求め、
ついに「阿弥陀仏の本願」によって
絶対の幸福に救い摂られたのです。


IMG_20150606_0002.jpg-1.jpg


「本願」とは「誓願」とも言われ、お約束のこと。
大宇宙にまします無数の仏方の師(本師本仏)である阿弥陀仏は、
「どんな罪悪深重の者も
平生の一念に必ず絶対の幸福に救い摂り、
死ぬと同時に浄土で仏のさとりを開かせる」

と、とてつもない約束をなされています。

欲や怒り、妬みそねみ一杯の私たちが、
この世も未来も無上の幸せに救われるのは、
ひとえにこの本願力不思議、弥陀の独り働きによってですから、
弥陀の救いを「易行道」と龍樹菩薩は言われているのです。


●陸路と水道


この「難行道」と「易行道」との違いを、
分かりやすく「難行の陸路」「易行の水道」と仰っています。
目的地に行こうとする時に、
テクテク歩いていく「陸路」の道は、
山あり谷ありで、石につまずいてケガをしたり、
雨に打たれて難儀したりと、つらい苦しい道となります。

それに対して、船に乗って船頭まかせ、
重荷を下ろし、風に吹かれて
海や河川の水面を滑るように進む「水道」は、
大変楽しい道でしょう。

同様、難行苦行の教えでは一人も助からないのだよ、
すべての人を安楽無上の幸せに生かして下さるのは、
阿弥陀仏の本願しかないのだから、
弥陀一仏に向け、弥陀のみを信じなさい。
このように龍樹菩薩が、非難迫害の嵐の中、
熱烈に布教して下された
おかげで親鸞、
弥陀の本願を知らされ、救われることができたのだ、
なんと有り難いことなのかと、
厚きご恩に合掌感泣されているお言葉が、
「難行の陸路の苦しきことを顕示し、
易行の水道の楽しきことを信楽せしめたまう」
の2行です。
これはそのまま、仏教を説かれたお釈迦さまの真意でした。


IMG_20150606_0003.jpg-1.jpg


●仏教は、弥陀の本願一つ


釈迦が、80年の生涯、説いていかれた教えを今日、
仏教といわれます。
その教えのすべてが書き残されているのが、
七千余巻の一切経。
仏教とはどんな教えかを知るには、
その一切経を読まねばなりませんが、
漢字ばかりで、しかも一字一句に深遠な意味がありますから、
誰でも彼でも読めるものではありませんし、
正しく理解できるものでもありません。
今日、世界の光と仰がれている親鸞聖人は、
その一切経を何度も読破されて、
『正信偈』にこう断言されています。


如来所以興出世
唯説弥陀本願海


この意味は一言で、
釈迦が仏教を説かれたのは、
阿弥陀仏の本願一つを明らかにするためであったのだ」
と仰有ったお言葉です。
簡潔に言えば、
「仏教=阿弥陀仏の本願」
ということ。
「阿弥陀仏の本願以外に、仏教はない」
と断定されている、親鸞聖人のお言葉なのです。
そして、
決してこれは、親鸞の独断ではない。
インド・中国・日本の七高僧方が、明言されていることなのだ

と、同じく『正信偈』に、


印度西天之論家
中夏日域之高僧
顕大聖興世正意
明如来本誓応機


インド・中国・日本に現れられた七高僧方は皆、
“仏教を説かれた釈迦の本意は、
どんな人も救う弥陀の誓願一つであった”
と明らかにされている

と仰っていることも、繰り返しお話をしてきました。


IMG_20150606_0004.jpg-1.jpg


続いて、その七高僧の筆頭である「龍樹菩薩」が、
弥陀の本願を明らかにされ、
勧めておられることを聖人は、
「顕示難行陸路苦
信楽易行水道楽」
と仰有って、
釈迦の真意は、捨家棄欲の難行道ではないのだよ。
出家も在家も等しく救う弥陀の本願一つが仏教なのだ。
みな人よ、早く弥陀の本願を聞信し、
浄土で仏になれる身になってもらいたい」

と教示されているのです。


これでお分かりのように、弟子である釈迦が、
本師本仏の阿弥陀仏の御心を、生涯、
明らかにされているのが仏教なのです。
分かりやすく言えば、こういうことです。
阿弥陀仏がお釈迦さまに、
「釈迦よ、私の心を、地球の人たちに伝えてきなさい」
と命じられた、その通りに釈迦がこの世に現れられて、
弥陀の御心ひとつを説かれた。

されば「仏教=阿弥陀仏の本願」であり、
「弥陀の本願以外に、釈迦の教え・仏教はない」ことも、
当然と知られるでしょう。


 


nice!(36)  トラックバック(0) 
共通テーマ:資格・学び

真実の経は、大無量寿経なり [経典]

お釈迦さまが、弥陀の浄土から地球にお出ましになられたのは、
我々人間はどう生きれば幸せになれるのか、
そんなことを教えるために現れたのでは
ありません。
この世のものは無常ですから、
どれだけ手に入れても、何にすがってみても、
やがて手放さなければならず、苦しむばかりです。
例えば、ペットに猫や犬を飼っていたとします。
可愛がれば可愛がるほど、
死んだときには、苦しみます。
それが子供であれば、なおさらでしょう。
同じようにお金や、財や、名誉や、地位もみな、
執着すればするほど、
手放さなければならないときには、
より苦しみます。
臨終にはすべて一切のものを
失わなければならないから、
生木を引き裂かれる苦しみになるのは当然です。
我々の知っているこの世の幸せなど、
どれも我々を裏切るものであり、
本当に幸福にするものは何もないのです。
我々を本当に幸福できるものは、
死に際しても崩れるものであってはならないし、
我々の元から離れてしまうものであってはならないのです。
「そんなものあるの!?」
と無常の世界で生きている我々は思うのですが、
それがあるから、それ一つを教えに来られたのが、
お釈迦さまなのです。
それは、阿弥陀仏が創られた「南無阿弥陀仏」です。
それを流転輪廻している我々の本当の心である阿頼耶識が受け取り、
一体化(仏凡一体)すれば、この世は絶対の幸福に、
死ねば極楽に往生し仏となることができ

1000年後も一万年後も、
いやそれどころではなく、未来永遠に幸福に生きることができるのです。
夢物語をお釈迦さまは教えられたのではありません。
(地上に出て1週間しか生きないセミが春や秋を
理解できないのと同じことなのです。
無量寿の仏さまからすれば我々はセミのようなもの。)
阿弥陀仏に救われ、迷いから目を覚まさないと
「後生の一大事」が引き起ります。
(後生の一大事とは、お釈迦さまは「必堕無間」と言われ、
死ねば気の遠くなるような長年月、苦しみのたうち回らなければならない苦界に堕ちること)
人間界に生まれた時にできた頭でいくら考えても、
六道輪廻して、迷いの世界を、
生まれ変わり、死に変わりして、
今まで延々と苦しみ続けたことは分かりませんが、
生命は始まりがなく、終わりがないのです。
三度の飯が美味しくいただける生きているうちに、
阿弥陀仏に救われれば、
迷い(夢)の世界である六道から出離することができ、
生死生死を繰り返すことのない未来永遠の大生命を得ることができるのです。
「南無阿弥陀仏」をどうしたら受け取れるのか、
それを教えることが、お釈迦さまの仕事だったのです。

(ガンジス河の砂の数ほどおられる諸仏方は、阿弥陀仏の救いがあることを知らせるために、
大宇宙にある人間の存在している無数の惑星と弥陀の浄土を往復され、
説法されている。
お釈迦さまは8000回往復されたと経典にある。
全ての仏さまが総出で、我々の後生の一大事の解決のために力を尽くしてくだされている。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(ここからは真実の仏法を説いておられる先生の書かれた「とどろき」より載せています) 

天親菩薩造論説(天親菩薩は論を造りて説かく、)
帰命無碍光如来(「無碍光如来に帰命したてまつる」と)
依修多羅顕真実(修多羅に依りて真実を顕わし)
光闡横超大誓願(横超の大誓願を光闡する)
                    (親鸞聖人・正信偈)

七高僧のお一人、天親菩薩の偉大な功績を
讃えておられる親鸞聖人のお言葉です。
大意はこうです。
「釈迦の滅後、九百年後にインドに現れられた
天親菩薩は、『浄土論』を著された。
冒頭に、
『天親は、ひとえに阿弥陀如来のお力によって、
絶対の幸福に救われました』
と告白され、
その弥陀の真実の救いを一切経によって
明らかにされているのである」
天親菩薩は、生涯に多くの書を著され
「千部の論主」といわれていますが、
中でも有名な主著が『浄土論』。
仏教で「論」といえば、
天親菩薩の『浄土論』のことを指すほど有名です。
これは、お釈迦さまの説かれた
『大無量寿経』の注釈書であります。

では、『大無量寿経』とはどんなお経なのでしょうか。
お釈迦さまの教導を頂きましょう。

釈迦が仏教を説かれた目的は、何か

世界文化史の大家、H・G・ウェルズは、
世界の偉人のトップに釈尊(お釈迦さまのこと)を挙げ、
「私は公平にどの点からみても、
世界で最大の偉人は仏陀釈迦牟尼仏である」
と言っています。

ドイツのハイラー教授も、
「仏陀釈迦は世界の最も偉大な宗教家であり、
世界の光である」
と絶賛しています。

このように世界の三大聖人、二大聖人といわれても
トップに挙げられるお釈迦さまは、
インドのカピラ城主、浄飯王(じょうぼんのう)の長男として
生まれ、仏のさとりを開かれるまでは、
シッタルタ太子と呼ばれていました。
生まれながらにして社会的に最高の地位、名誉、
財産を持ち、親の溺愛を受けて
思うままの生活が約束された人でした。
19歳の時には国内一の麗人といわれた
ヤショダラ姫と結婚し、
翌年、男子ラーゴーラをもうけています。

さらに春夏秋冬の四季の御殿に住まわされ、
500人の美女と戯れ栄耀栄華を尽くした方です。
私たちが日々、その中の一つでも得ることができればと、
必死に求めているものすべてを、
シッタルタ太子はすでに持っておられました。
ところがその太子が、
なお満足できない魂の叫びに驚き
29歳の2月8日、突如、
城を出て一切の名誉、地位、財産も
妻子も捨てて入山学道の人になられたのです。

「すべてのものは常住しないのだ。
いずれの日にか衰え、滅ぶのだ。
歓楽尽きて哀情多し。
快楽のカゲには無常の響きが聞こえる。
美女の奏でる弦歌(げんか)は、
欲をもって私を惑わす。
ああ、人生は苦悩に満ちている。
猛き(たけき)火、浮かべる雲のごとく、
幻や水泡のごときもの。
若きを愛すれど、
やがて老と病と死のために壊れるのだ」

人生の実相を洞察なされた太子は、
常住不変の絶対の幸福とは何か。
いずこにあるのか。

それこそ万人の求める究極のものではないか
勤苦(ごんく)6年、
35歳の12月8日、ついに大悟徹底、
仏陀となられたのです。

EPSON076.jpg-1.jpg


かくて80歳2月15日、
ご入滅になるまでの45年間の
布教活動が開始されました。
この45年間の釈尊の説法のすべての記録が、
一切経といわれるものです。
ゆえに一切経は7000余巻という膨大な数に上り、
数の多いことから「八万四千の法門」ともいわれます。

その多くの経典を、「このお経が釈迦の真意だろう」
「この経文の意味はこうだ」と、
各々の理解や信仰で解釈するものですから、
諸宗派に分かれているのです。

色々なことを説かれたのが仏教だ、
と思う人があるのもうなずけます。
しかし、釈迦が仏教を説かれた目的(釈迦出世の本懐)は
ただ一つ、
「阿弥陀如来の本願」であったのだと、
釈迦ご自身が明示されています。

その明証は幾つもありますが、
いよいよ阿弥陀如来の本願を説かんとされた時、
釈尊は五徳現瑞(ごとくげんずい)されて、
弟子たちを驚嘆させられています。

「五徳現瑞」とは、
釈尊が『大無量寿経』を説かれる直前に、
今までにないお姿を種々に現されて、
「阿弥陀如来の本願」こそ出世の本懐であることを
身をもって示されたことです。

あまりの尊い変わられように、
最も長くお使えした弟子の阿難も驚いて、
「世尊、一体どうなされたのですか」
とお尋ねせずにおれなかったほどでした。

その問いに釈尊は大変喜ばれ、
『大無量寿経』の巻頭にこう明言されています。

如来、世に出興する所以は道教を光闡し、
群萌を拯い(すくい)恵むに
真実の利を以ってせんと欲してなり

                (大無量寿経)

私がこの世に現れた目的は、
一切の人々を阿弥陀如来の真実の救いに
値(あ)わせるためである
」 


これは、釈尊がこの世に生まれた目的を、
「全ての人に弥陀の本願を説き聞かせ、
絶対の幸福に導くためであった」
と自ら宣言されたお言葉です。

巻頭のこの経文だけでも『大無量寿経』が
真実の経であることは明らかですが、
さらに巻末にも釈尊は、次のように仰っています。

当来の世に経道滅尽せんに、我慈悲を以て哀愍し、
特に此の経を留めて止住すること百歳せん。

               (大無量寿経)

やがて『法華経』など一切の経典がなくなる時が来ても、
この『大無量寿経』だけは永遠に残り、
すべての人を絶対の幸福に導くであろう

特に此の経を留める(特留此経・とくるしきょう)とは、
「特に『大無量寿経』だけは残る」ということで、
ここから『大無量寿経』を「特留此経」ともいわれて、
真実の経である根拠とされています。

「百歳せん」とは「永遠に」の意。
「百」は無限を表す満数(まんすう)で、
文字通りの「百年」でないのは仏教の常識となっています。
(「百年」ならば「一百歳」といわれます)

「他の一切のお経が滅んでも、
このお経だけは永遠に残る」
と説かれているのは、一切経多しといえども
『大無量寿経』だけです。

ですから、この巻末のご文も、
永遠不滅の真実経は『大無量寿経』のみだと
釈尊自ら告白なされているお言葉であり、

だからこそ、この経を説き終わられた時、
釈尊は、
「如来所応作者(にょらいしょおうさくしゃ)
皆已作之(かいいさくし)」
“これで如来としてなすべきことは、
みなこれをなせり”
と慶喜なされた、といわれるのも当然でありましょう。

真実の経は『大無量寿経』なり
        親鸞聖人の断言

天親菩薩は、これらの仏意を受けられて、
釈迦出世の本懐経である『大無量寿経』を解釈して
浄土論』を著され、弥陀の救いを弘宣されました。

そのご苦労を、親鸞聖人は朝晩の『正信偈』に讃えられ、

天親菩薩造論説(天親菩薩は論を造りて説かく、)
帰命無碍光如来(「無碍光如来に帰命したてまつる」と)
依修多羅顕真実(修多羅に依りて真実を顕わし)
光闡横超大誓願(横超の大誓願を光闡する)

「天親菩薩が『浄土論』に『大無量寿経』を解釈され、
弥陀の本願を明らかにして下されたのである。
そのおかげで親鸞、弥陀の救いに値うことができたのだ。
天親菩薩の深きご恩を忘れることはできない、
なんとしてもお返しせずにおれない」
と、合掌感泣されています。
そして、聖人ご自身も主著『教行信証』の初めに、

それ真実の教を顕さば、すなわち『大無量寿経』これなり
             (教行信証教巻)

「真実の教は、『大無量寿経』である」
と仰り、『正信偈』には、

如来所以興出世
唯説弥陀本願海

“釈迦如来が、この世に現れて仏教を
説かれた目的は、
ただ阿弥陀如来の本願ひとつを説かれるためであったのだ”
と断言され、弥陀の真実の救いを明らかにされているのです。

一切の滅びる中に、不滅の光とは

地震、台風、落雷、火災、殺人、
傷害、窃盗、病気や事故、
肉親との死別、事業の失敗、リストラなど・・・。
いつ何が起きるか分からない泡沫(うたかた)の世に、
私たちは生きています。
盛者必衰、会者定離、
物盛んなれば則ち(すなわち)衰う、
今は得意の絶頂でも、必ず崩落がやって来ます。
出会いの喜びがあれば、
さよならの悲しみが待っています。
ひとつの悩みを乗り越えても、
裏切りの尽きない不安な世界ですから、
火のついた家に喩えて聖人は、
「火宅無常の世界」と言われています。

たとえ災害にも遭わず病にかからずとも、
いざ死の巌頭に立てば、どうでしょう。
財も名誉も一時の閃光、
かの太閤の栄華でさえもユメのまたユメ、
天下人の威光は微塵もありません。
不滅の光はどこに見られましょう。

EPSON077.jpg-1.jpg

煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は、
万のこと皆もってそらごと・たわごと
・真実(まこと)あることなきに、
ただ念仏のみぞまことにておわします 
                (歎異抄)

火宅のような不安な世界に住む、
煩悩にまみれた人間の総ては、
そらごと、たわごとであり、まことは一つもない。
ただ弥陀の本願念仏のみがまことなのだ。
みな人よ、限りなき生命の歓喜(絶対の幸福)を獲て、
ただ念仏するほか、人と生まれし本懐はないのだよ」

(念仏とは、阿弥陀仏に救っていただいたことへのお礼の言葉。
「ありがとうございました」に当たる言葉。)

この世の一切は滅びゆく。
不滅の光は「阿弥陀如来の本願」のみですから、
親鸞聖人は「弥陀の本願まこと」を
一人でも多く伝えることに、
90年の生涯を捧げられたのです。

それは釈迦・七高僧方のご恩徳を深く感じられ、
そのご教導に順われて(したがわれて)の
ご布教であったのです。                


nice!(34)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ネットコミュニティ

あなたはなぜ仏教のすごさに気づいていないのか!? [仏教はどう評価されているのか]

あなたはなぜ気づかなかったのか
 世界中の人がほめたたえる東洋思想(仏教思想)のすごさに
日本人はなぜ気づいていないのでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

気づかなかった理由①
「要するに葬式だと思っている」

今日の仏教は、葬式仏教となり、
本来の姿とかけ離れたものになっています。
あなたはそれが仏教と思ってはいませんでしたか?

葬式って仏教と関係ないの?

仏教と聞くと、多くの人は葬式・法事・先祖供養と
イメージします。
しかしそれは、実は江戸時代くらいから固まってきた
日本の風習で、
仏教とは関係ありません。
ですから、「今のお寺に仏教はない」
と言われるほどです。

そればかりか、葬式などの迷信を徹底的に打ち破られたのが、
実は仏教を説いたお釈迦さまなのです。

お釈迦さまが葬式を否定

ある時釈迦に、一人の弟子が尋ねました。
「死人のまわりで有り難いお経をとなえると、
死者がうかばれるという人がありますが、
本当でしょうか」
その時釈迦は、黙って小石を拾い、
近くの池の中に投げました。

EPSON043.jpg-0.jpg
水面に輪を描いて沈んでいった石を指さして、
次のように言われました。
「そなた、この池の回りを、石よ浮かび上がれ、
石よ浮かび上がれ、と言いながら回ったら、
あの石が浮かんでくると思うか」
「お釈迦さま、そんなことで石が浮かぶはずがありません」
「そうだろう。石は石の重さで沈んで行ったのだ。
どんなに浮かび上がれと言ったところで、
浮かぶものではない。
人は、己の過去に造った悪業によって、
悪因悪果、次の世界に沈むのだ。
お経で死んだ人間が救われるはずがないではないか。」

このように、葬式やお経で死者が救われるという迷信は、
もともと仏教にはなかったのです。
「釈迦仏教」は、もともとお葬式とは無関係です。

大乗仏教が中国に入ってきて、
やがてお葬式と付き合う宗派ができて、
そこから葬式仏教は始まったのです。」

           (村井幸三『お坊さんが困る仏教の話』)
お経というのは、実は、生きている人に対して、
あるすごいことを教えられたものです。

その秘められた内容こそすごいのです。
西洋の偉人たちも、次のようにたたえています。


SFの父、イギリスの作家、H・G・ウェルズ(1866~1946)は、
私は公平に、どの点から見ても、
世界で最大の偉人は、仏陀釈迦牟尼世尊である

ドイツのハイラー教授は
仏陀釈迦は、世界の最も偉大な宗教家であり、
世界の光である

このように絶賛されるお釈迦さまは、
一体何を教えられたのでしょうか。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


気づかなかった理由②
「占い等、何か神秘的なものだと思っている」

結婚式は、大安とか仏滅。
くじを引くと、吉とか凶。
何か神秘的で、非科学的なものと
ごっちゃにしてはいないでしょうか。


仏教は非科学的?

二番目に、仏教と聞くと、寺で現世利益を神や仏に
拝んだり祈ったり、あるいは祈祷をしている
非科学的なものではないかという印象があります。 
  

ところが、これも仏教とは関係なく、
むしろ仏教では、否定されています。

如来の法の中に吉日良辰をえらばず」(涅槃経)  

天を拝することを得ざれ、鬼神を祀ることを得ざれ、
吉日日を視ることを得ざれ
」  (般舟三昧経)
天を拝んではいけません。
死んだ畜生や人間の霊を神とする「鬼神」を
まつってはいけません。
大安や仏滅などの日の善し悪しを見てはいけません。

占相を離れ、正見を修習し、
決定して深く罪福の因縁を信ずべし

          (華厳経)
占いをやめ、ものごとを正しく見て、
深く因果律を信じなさい。


このように、
「拝んだりまつったり、占ったりしてはいけませんよ。
『因果律』を信じて、頑張りなさい」
というのが、本来の仏教なのです。

ですから仏教は、拝んだらお金が儲かり、
成績があがるというような、宗教的なものを否定し、
因果律により、お金が欲しければ働きなさい、
成績を上げたければ、勉強しなさいと教えられているのです。

では『因果律』とは?

まずは、『すべての結果には、必ず原因がある。
原因なしに起きる結果は、万に一つもない』
ということです。

EPSON044.jpg-1.jpg-1.jpg

これを『因果の道理』と言われますが、
因果の道理を根幹として説かれているのが仏教です。
一切法(万物)は因縁生なり。(大乗入楞伽経)
仏教は因縁を宗とす。 (維摩経)」

『因縁』って?

ところが、それだけではありません。
仏教では、直接的な原因の『因』だけではなく、
間接的な原因の『縁』を考え、因と縁がそろって初めて
結果が現れるということです。
因だけでは結果は現れないし、
縁だけでも結果は起きません。

これがすごいのです。
例えば米がとれるという結果が現れるには、
もみだねという因が必要です。
しかし、いくらモミだねを床の上や
北極にまいても米はとれません。
温度や水、空気など、色々な縁がそろって、
はじめて米がとれるのです。

EPSON044.jpg-2.jpg

因果の道理のすごさ

この因果の道理について、放射線防護学、
平和学などの立命館大学名誉教授、
安斎育郎(あんざいいくろう 1940~)氏は、
非常に科学的だと言っています。
仏教の大事な考え方に、“因縁因果の思想”がある。
“因”は直接原因、“縁”は周縁的・背景的・間接的条件
を意味する。 
だから、“因縁因果の思想”とは、
“物事は、直接的原因と間接的条件が重なって起こる”
という非常に科学的な考え方にほかならない。
原因もなく超常現象が起こることを容認する
“超能力志向”とは明らかに違う。
なんと合理的な考え方ではないか。

さらに、この『縁』まで考えることのすごさを、
東大教授で比較思想学会を設立したパイオニア
中村元(なかむらはじめ 1912~1999)によれば、
科学の因果律は、原因と結果のみですが、
仏教ではあらゆる縁も考える所から、
科学では偶然としか思えなかったことも、
すべて結果を生み出す縁として、
積極的に意味づけされると、説明しています。

文明開化が速やかにできたのは、
日本人が親しんでいた仏教のおかげとしています。

日本人は、釈尊の教えを通じて
このような総合的因果論に親しんでいたので、
明治以降、欧米の科学思想が入ってきたとき、
仏教と対立することなく科学思想を受け入れることができました。
近代ヨーロッパにおける科学とキリスト教との対立を考えると、
日本人はこの点で一歩進んでいたといえるでしょう。
これは仏教のおかげです
。」

そして、仏教は、科学と対立しないだけでなく、
さらに進んで、科学で幸せになれない理由も
明らかになっているのです。

せっかく日本におりながら、これを知らないということは、
まるで宝の山に入って、手ぶらで帰ってくるようなものだ
とさえ言われています。 
 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


気づかなかった理由③
「寺も神社も結局一緒だと思っている」

海外では、仏教は無神論なので、
宗教ではないと思われています。
神も仏も一緒と思っているのは、
多くの日本人の特徴です。
これは大変危険です。

あなたの宗教は?

海外で「あなたの宗教は何ですか?」
と聞かれたら、何と答えるでしょうか。

「無宗教」

と言ったら原始人かと思われてしまいますので、
「仏教」と答える人が多いのではないでしょうか。

日本では、12月25日はクリスマス、大晦日に除夜の鐘を聞き、
元旦には初詣に行く人が数多くあります。
たいていは日本の神も、キリスト教の神も、
仏教の仏も宇宙の真理を表しているのだろうから、
呼び名が違うだけで一緒だと
思っているからではないでしょうか。 

ところが、
「仏教はどんな教えですか?」
と聞かれて、ちゃんと説明をはじめると、
「それって本当に宗教?」
と思われてしまいます。

なぜ仏教は宗教でないと思われるの

その理由は色々ありますが、一番は、
仏教に「神」が出てこないからです。
キリスト教にはゴッド、イスラム教にはアラー、
ユダヤ教にはエホバ、というように、
名前や性格は違うのですが、世界宗教には、
「万物の創造主」であり「全知全能」であるような
神が必ず出てきます。        
一方、仏教には、そういう神は出てきません。
「仏」はさとりの名前であり、神とは違います。

西洋では、仏教は無神論だから
宗教ではないとさえ思われています。

洋書売場に行くと、「宗教」コーナーには
ほとんどキリスト教の本しかありません。
仏教の本は「東洋哲学」とか、
東洋思想の棚においてあるのです。

日本人に危機が迫っています。

ところが日本人は、宗教的に全く無知で、
このような仏と神の違いを知る人すらほとんどありません。

テレビでは、宗教は100パーセント
危ないものとして出てきます。

生化学者・日本生化学会頭、
水原舜爾(みずはらしゅんじ 1915~)
仏教は、往々にして、宗教という言葉から受ける、
神秘的・非科学的イメージとはかけ離れた、
非常に知性的な宗教です。
奇跡や、おかげ話とは、なんの関係もありません。

マスコミの宗教関係の報道には、
必ず、奇跡や、神秘や、おかげ話がつきまといますが、
やめてもらいたいものです。
“本物の宗教”にとって迷惑千万です。『科学時代の仏教』

と言っています。


小室直樹(こむろなおき 1932~)氏は、
宗教に関する無知は、大変危険だと指摘しています。
宗教がないからカルト教団は簡単に人を殺して
勝手に金を奪う。
こんなにたやすくカルト教団がはびこれる国は他にない

これなら違いがわかる。

では、宗教に何か違いはあるのでしょうか。
アインシュタインは、宗教に3段階あるとしています。
1つは、恐れの宗教。
日照りが続いたりするのは
森の神、山の神が怒っているから、
生け贄を捧げよう、というもので、
一番原始的です。
日本の八百万の神などがあたります。
ちなみに、神社の神は、死んだ人間や動物の霊が
そこに留まって生きている人間に
禍福を与えるとされるものです。

2つ目は倫理的宗教。
この世を支配する人間のような神がいるというもの。
キリスト教の神がこれにあたります。

3つ目はごくわずかにあるのが、宇宙的宗教。
これには神というのは一切出てきません。
アインシュタインは次のように言っています。
宇宙的宗教の要素がはるかに強くなっているのは、
仏教である。

このことを特に教えられたのは、
ショーペンハウエルのすばらしい著作においてであった。」

ところが、実は日本の文化、言葉、考え方など、
私たちが生まれる前から仏教の影響を受けています。

そう。あなたはもう、仏教的なのです。
(続きはまた載せます)

 

EPSON046.jpg-1.jpg   


nice!(29)  トラックバック(0) 
共通テーマ:資格・学び

居場所のない人たち 真の安らぎは親鸞聖人の教えから [孤独な魂]

(真実の仏教を説かれている先生の書かれた『とどろき』より載せています)


居場所のない人たち

  真の安らぎは

    親鸞聖人の教えから

 

〝ああ日本のどこかに

私を待ってる人がいる

いい日旅立ち 幸せをさがしに〟

   (『いい日旅立ち』歌・山口百恵 詩・谷村新司)

だれもが、ほっと安らぎ、

生きている自分を、確かめられる場所を探しています。

家庭にも、職場にも、

どこにもそんな「居場所」がないと感じた時、

〝ここではないどこかへ〟

と、人は「居場所探し」の旅に出るのかもしれません。

真の幸福は、果たしてどこに。

親鸞聖人の教えから聞かせていただきましょう。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「居場所がない」とだれもが感じている

 

〝居場所がなかった 見つからなかった

未来には期待できるのか分からずに〟

      (A Song for XX)

これは、年度末、史上初めて3年連続で

レコード大賞を受賞した浜崎あゆみさんの自作の歌詞です。
(2004年のとどろきより載せています)

若者から絶大な支持を得ている理由の一つは、

その歌詞の世界が、共感を呼ぶからといわれています。

中でも、華やかなステージでファンを魅了しているスターの

〝居場所がなかった〟という素顔の告白に、

「私と一緒だ」「自分のことを歌ってくれている」

と多くの若者が、「涙があふれてきた」と語っています。

 

「ここが私が唯一生きている場所です。

存在が許されている居場所なんです」

家庭にも、職場にも、学校にも、居場所がないと

感じたある女性は、インターネットの掲示板に

こんな書き込みをしました。

 

このようなつぶやきは若者だけではありません。

60代男性のこんな例もあります。

「『先生、私には居場所がないのです。

どうしたらいいでしょう』と、

研修の場で相談を持ちかけられることが多くなっています。

定年になって、会社を辞めてから一ヶ月もすると、

家にいても身の置き場がない、

誠に哀れな状況になっているというのです」

        (佐藤英朗『気づく人、気づかぬ人』)


IMG_20220905_0001.jpg-5.jpg

時として「場所」を表す言葉には、

精神的な意味合いが込められます。

例えば、砂漠でわき水が出る場所を意味する言葉「オアシス」が、

人の気持ちを和らげ、いやしてくれる場所とともに、

心地よさを表します。

「窓際」といえば、会社で一応の立場にありながら、

実際は、仕事が与えられぬ中高年サラリーマンの

立場を揶揄する意味でも使われ、悲哀を漂わせます。

同様に「居場所」も、最近、心の問題を表す言葉として、

世代を問わず広く聞かれるようになりました。

果たして「居場所がない」とは、どんなことなのでしょう。

 

「居場所」とは、自分の存在意義を感じられるところ。

心から安心満足できるところ

 

ここで「居場所」とは、自分の存在意義や

生きている意味を感じ、心から安心、満足できるところ、

といった意味で使われています。

私たちは生きるために生きているのではありません。

だれもが皆、幸福を求めて生きているのです。

「これで安心」「これで満足」と喜びたつ瞬間を

求めて生きているのです。

例えば、好きな人から、

「そばにいてほしい」

と言われたらどうでしょう。

躍り上がるようにうれしいのではないでしょうか。

「君がいなかったら会社が回らない」

と自分が必要とされた時、

だれでも満たされた気持ちになります。

「スゴイ!」

「カワイイ!」

「カッコイイ!」

と自分の才能や能力、容貌などが認められ、

多くの人の注目を一身に集めた時、

人生の晴れ舞台に立った喜びで、

大いに満足するものです。

あるいは、親や子供、恋人や友人が、

親身になって自分の話を聞いてくれたり、

相談に乗ってくれたり、ただそばにいてくれるだけで、

安らぎや安堵を感じることもあるでしょう。

 

だれもが存在意義を求めている

 

反対にだれからも必要とされず、認められもしない、

また関心も示されなければ、

「私なんていてもいなくても同じ」

「だれからも必要とされていない」

「自分は要らない存在だ」

「オレは、存在価値がない」

と愕然とします。

こんな時、自分には「居場所がない」と

感じるのではないでしょうか。

植物が根っこがなければ生きられないように、

人は居場所なしに生きていくことはできません。

つまり、だれからも必要とされず、認められもしない、

また心配も頼りにもされないほど、

つらいことはないのです。

 

だから皆必死に、自分の存在意義を求めています。

子供は親を頼りとし、親は子供を心の支えとして、

それぞれ家庭に安らぎの場所を求めて生きています。

一流大学に入ればきっと幸せになれると、

一生懸命勉強している学生は、

大学生活に明かりを求めているのでしょう。

お金を稼ぎ、大きな家を建て高級車を乗り回すことを

夢みている人は、豊かな暮らしに生きがいを

求めているといえるでしょう。

仕事や、ボランティアで世のため、人のために

汗を流すことを喜びとしている人は、

多くの人に感謝され、喜ばれる中に居場所を

見いだしているのです。

 

どこに居場所を感ずるかは一人一人違いますが、

勉強するのも、働くのも、結婚するのも、皆、

居場所を求めてのことといえるでしょう。

「生きる」とは、まさしく「居場所探し」にほかなりません。

 IMG_20220905_0002.jpg-5.jpg

壊れやすく、変化する居場所では、安心できない

 

ところが、切望しながら、

「居場所が見つからなかった」

「居場所がないんです」

と訴える人が、少なくないのです。

これはどうしたわけでしょうか。

人から必要とされれば、その時は一時、

生きている意味があったと安心できます。

しかし、それがいつまでも続くとは限らないからです。

どんなに今、輝いていても、その輝きはしばらくの間と、

だれもが薄々気づいています。

やがてその輝きもなくなる時が必ず来るから、

不安なのでしょう。

高校を中退したある16歳の少女はメル友と

2人でホームページを開きました。

そこには自作のこんな詩が掲載されています。

 

「居場所

 

高校を辞める前は学校を休んだことがなかった

それはなぜか?

行かなきゃ自分の居場所がなくなると思ったから

(中略)

人を信じれば信じるほど裏切られたときの

ショックは大きくて

それを繰り返し受けてきたあたしはもう誰も信じられない

信じたらまた裏切られるから

裏切られるのはもうヤダ

だから誰も信じない

信じられない

安心していられる居場所が欲しい

安らげる居場所が欲しい

誰かあたしの居場所知っていますか?」

  (浅井哲也『アノニマスーーネットを匿名で漂う人々』)

 

仲のいい友達同士は気心知れた、心地よい居場所です。

ところがそのきずなは、ちょっとした誤解や

わがままで壊れるかもしれぬもろさがあります。

恋人同士は、ほかのだれよりも心を許せ、

落ち着ける居場所でしょう。

ですが文字通り、愛が永遠であった例は、

寡聞にして聞いたことがありません。

終身雇用、年功序列が崩れ、会社に尽くせば報われると

信じられた時代は過ぎ去りました。

かつて運命共同体として、サービス残業、

休日出勤は当たり前、ここがおれの死に場所と

人生懸けた職場をリストラで追われ、

もはや居場所がない中高年であふれています。

汗とあぶらで建てたわが家も、

やっとローンの返済が終わったころには、

あちこち傾きかけています。

永年連れ添った妻から、ある日突然、

三行半を突きつけられる、寝耳に水の熟年離婚も相変わらずです。

やがて面倒見てくれると頼りにしていた当てが外れ、

出ていったきりの子供たちからは何の音沙汰もありません。

人生懸けた「職場」、一家和楽を夢みた「家庭」が、

幻のように消え、実はどこにも居場所はなかったのだと

落胆している人が周囲にあふれています。

 

人は、山の頂点に登ることはできても、

そこに長くとどまることはできません。

「やれやれ、これで安心だ」とたどり着いた

この世のどんな心のすみかも、次の瞬間、

どうなるか分からぬ不安が伴い、

安住の地となりえないのです。

 

本当の居場所が見つからないのは、なぜ?

 

しかもそれには例外がありません。

〝生ある者は必ず死に帰す〟といわれますように、

死は百パーセント確実な未来、

どんな人も免れることはできないからです。

では、いよいよ死なねばならぬとなったらどうなるのでしょう。

蓮如上人の遺訓を聞いてみましょう。

 

「まことに死せんときは、予てたのみおきつる妻子も財宝も、

わが身には一つも相添うことあるべからず。

されば死出の山路のすえ・三途の大河をば、

唯一人こそ行きなんずれ」

         (御文章)

「今まで頼りにし、力にしてきた妻子や金や物も、

いよいよ死んでいく時には、何一つ頼りになるものはない。

すべてから見放されて、ただ一人この世を去らねばならない。

丸裸で一体、どこへ行くのだろうか」

 

あの豊臣秀吉でさえ、臨終には「難波のことも夢のまた夢」

と泣いて死んでいます。

天下統一を成し遂げ、大阪城や聚楽第を築き、

栄耀栄華を極めたものの、それも一時の仮の宿りで、

いつまでも安住できる居場所ではなかったのです。

それは秀吉だけではありません。

人間は最後、丸裸になって、たった一人で暗黒の後生へと

旅立っていかなければならないのです。

したがって、どこに居場所を求めても、

刻一刻と死に向かっている私たちの人生は、

噴火山上の舞踏であり、砂上の楼閣とならざるをえないのです。

だから、どれだけ科学技術が進歩し、経済が発展し、

物が豊かになり、世の中変わっても、心から安心、

満足できる、真の居場所は見つからないでしょう。

 

「自分の存在意義に、

   正面から答えてくれたのは

      教祖麻原だけだった」

           ・・・オウム事件の本質

 

今年2月末、オウムの松本智津夫(麻原)被告に

判決が下されます。
(2004年のとどろきから載せています)

平成7年、5000人以上の被害者を出した地下鉄サリン事件から

9年越しのことです。

あのオウム事件とは何だったのでしょうか。

一言でいえば、必死に求めても「居場所」が得られず、

「生きる意味」を知りえぬいらだちが生み出した悲劇の

一つと言えなくはないでしょうか。

オウム裁判に登場した数ある信者・元信者の中で、

「彼ほど熱っぽくオウムを語る者はいない」と

評された井上嘉浩被告の入信への動機を追ってみましょう。

 

「形にならない不安、不満、心のモヤモヤがあった」

15歳だった自分をこう語った井上被告は、

当時、「若者の代弁者」として強い指示を受けていた歌手、

尾崎豊の歌詞の世界に引かれていきました。

「自分の存在が何なのかさえ

解らず震えている 15の夜」

「退屈な授業が俺達の全てならば

なんてちっぽけで なんて意味のない

なんて無力な 15の夜」

       (『15の夜』尾崎豊)

漠然とした不満や不安、生きる意味が分からないむなしさ、

自らの存在意義を見つけられない焦り、

そんな気持ちを尾崎豊の歌詞に重ね合わせていた彼は、

やがて自ら「願望」という詩にそれをしたためます。

「(その内容は)煎じ詰めれば、要するに

これから高校に入りそして、あるいは大学に行き、

そして社会に出て、サラリーマンで毎日毎日満員電車に揺られて、

夢のないお金のためだけの生活をしていくんだろうかと、

人間に生まれてきたのは、そんなことのために

生まれて来たんだろうかということを、

尾崎豊にかなり影響された言葉で願望という詩に書くんですよね。

そういう願望という詩を書いた井上嘉浩が、

その直後にオウム真理教に出会う。・・・」

      (有田芳生「今若者は宗教に何を、求めているか」)

 

「自分の存在意義に、正面から答えてくれたのは

教祖麻原だけだった」と、ある元オウム信者の青年が

漏らしたことがありました。

 

求めても求めても得られず、居場所がない。

渇き切った心は、オウムの泥水でも

すすらずにいられなかったのでしょう。

IMG_20220905_0003.jpg-5.jpg

 

親鸞聖人のメッセージ

〝人々よ、心を弘誓の仏地に樹(た)てよ〟

       ーーー崩れることなき無碍の一道

 

21世紀を迎え、科学技術はますます進歩し、

繁栄を謳歌していますが、人々は皆、

居場所が分からず、いまだに深い闇の中にいます。

そんな人類の迷闇を破るのが親鸞聖人のみ教えであります。

主著『教行信証』の最後に記された次のお言葉から、

聞かせていただきましょう。

 

慶ばしきかな。心を弘誓の仏地に樹て、

念を難思の法海に流す。

深く如来の矜哀(こうあい)を知りて、

良(まこと)に師教の恩厚を仰ぐ。

慶喜いよいよ至り、至孝いよいよ重し

 

「弘誓」とは「弥陀の誓願」のことです。

その弥陀の誓願を大地に例えて弘誓の仏地と言われ、

親鸞は弥陀の本願という絶対に崩れない大地に心を樹てた、

と叫び上げられているお言葉です。

「心を樹てる」とはどんなことでしょうか。

先に述べたように、私たちは居場所なしには

生きてはいけませんから、常にどこかに居場所を求めています。

「居場所を求める」ということは、

常に何かを心の支えとし、頼りとし、明かりとして

安心しようとしているということです。

つまり何かに「心を樹てて」いるのです。

 

心を不倒の仏地に

 

しかし、どこにでも心を樹ててさえおればよいのではありません。

例えば、建築物は基礎が最も大事です。

どんな立派な御殿を建てても、基礎が崩れれば、

同時にその建物も崩壊してしまうからです。

基盤が建物の命です。

同様に、私たちの心という建物をどこに樹てるかによって、

私たちは不幸にも幸福にもなるのです。

崩れるものに心を樹てていると、

必ず裏切られ苦しまなければなりません。

 

金や財を力にしている者は、

金や財を失った時に転倒します。

名誉や地位を力にしている者は、

それらをなくした時に失墜します。

親や子供を力にしている人は親や子を亡くした時に

倒壊します。

信念を力にしている人も、

信念揺らいだ時にまた崩壊します。

 

「慶ばしきかな。親鸞の心は不倒の仏地に樹ったぞ!」

親鸞は絶対に裏切らない、崩れない、

弥陀の本願の大地に心が樹ったと言われています。

そして親鸞聖人は、90年のご生涯、

絶対に崩れぬ幸福、大安心の世界の厳存を、

明らかにしていかれました。

 

親鸞聖人の大歓喜

 

次に「念を難思の法海に流す」と言われてのは

「念」とは思い、「難思」とは不可称不可説不可思議ということで、

心が不思議としか言いようのない無碍の一道、

絶対の幸福の世界に出た、ということです。

一切の障りが、障りとならなくなったのが無碍の一道です。

とても想像の及ばないすごい世界ですから、

難思の法海と言われました。

万人共通の人生の目的を、鮮やかに達成させていただき、

「よくぞ人間に生まれたものぞ」の生命の歓喜を得た親鸞聖人は、

高らかに叫ばれずにおれなかったのです。

 

「深く如来の矜哀を知りて、

良(まこと)に師教の恩厚を仰ぐ」とは、

親鸞どうしてこの身にさせていただいたのか、

これは全く弥陀如来のお力であったと知らされると同時に、

弥陀の本願を教えてくだされた善知識・法然上人のご恩を

仰がずにおれないということです。

それは手の舞い足の踏む所を知らない大きな喜びですから

「慶喜いよいよ至り」と言われ、

この身にしてくだされた弥陀の大恩、そして、

この弥陀の本願不思議を伝えてくだされた善知識の高恩は、

身を粉にしても、骨を砕きても足らないから

「至孝いよいよ重し」と言われたのです。

崩れるものに樹てる人生は、

薄氷を踏むように不安ですが、

心を不倒の仏地に樹て、不思議の世界に生かされた親鸞は、

何と幸せ者なのか。

ますます阿弥陀如来の慈愛の深きを知らされ、

師教の高恩を仰がずにはおれない・・・。

燃えるようなよころびが、体一杯にみなぎっているのが、

ビンビン伝わってきます。

 

●大安心・大満足の人生行路

 

かくして親鸞聖人の主著『教行信証』は筆をおかれています。

52歳で一応の完成をみたといわれる『教行信証』も、

90歳でお亡くなりになるまで修正に修正を重ねておられます。

その御心はひとえに、「心を弘誓の仏地に樹てよ」

「すべての人よ。早くこの親鸞と同じ心になってもらいたい」

以外にありませんでした。

仏法を聞き抜いて親鸞聖人と同じく、

心が弘誓の仏地に樹った時、

「われ、生きるしるしあり」の踊躍歓喜がわき上がります。

今日の一息が尊い、今の一息はもっと尊い。

吸う息吐く息が不思議不思議と、生きてよし、

死んでよしの大安心・大満足の人生行路を歩ませていただけるのです。

nice!(29) 
共通テーマ:資格・学び

不安や苦しみの根本原因は何なのか!? [苦しみの根源]

お釈迦さまが、生涯説かれた仏教の目的は、
漢字四字で、
抜苦与楽(苦を抜き、楽を与える)」
といわれています。
ここで「抜」くといわれる「苦」とはいかなる苦しみか。
「与」えられる「楽」とはどんな幸せなのでしょう。
仏教は、私たちの人生を苦しみに染める根本の原因を
抜き取り、本当の幸せを与える教えなのです。

今回はそれについてお聞きしましょう。



仏教は
    「魂の根本治癒」を説く


........................................


●「人はなぜ不安なのでしょう?」


以前、新聞の人生案内に、四十代女性のこんな相談が
掲載されたことがあります。


「数年前に離婚し、母と2人暮らし。
幸せな人生とは何なのか考えています。
母は高齢で、亡くなった父は、
いずれ一人になる私を心配していました。
年老いて、一人で生きる自分を想像すると不安に駆られます。
婚活もしていますが、好きでもない相手との結婚は考えられません。
それでも人生に後悔はしたくない。
こんな私に活を入れてください」


作家の回答はこうでした。


「将来の不安は誰にもあります。
不安のない人間がいたら珍しい。
不安を克服して生きていくことが、
幸せと考えればよろしいのです」


あらゆる不安を根本から克服できれば、
私たちは真の安心を得て幸せになれるでしょう。
問題は、その不安の根本はどこになるのか、
ということです。

そこで、まず私たちが何を苦しみの原因と見ているか
考えてみましょう。


親鸞聖人は私たちの人生を「難度海」とか「生死の苦海」と仰って、
苦しみの海に例えられています。
その苦海の波間からは、しきりにこんな嘆きが聞こえてきます。
「金さえあれば」「子供が欲しい」「有名になりたい」
「管理職になれればなあ」「家を持ちたい」「恋人が欲しい」
などなど。
悩みを克服するために、私たちは自分に無いもの、
不足しているものを手に入れようと「無から有へ」の努力を、
日々続けています。
無いのは不幸、あれば幸せと思っているからでしょう。
それが本当に正しい努力ならば、金や物、名誉や地位などに
恵まれた人生は、喜びに輝くに違いありません。


IMG_20161121_0001.jpg-1.jpg


 


ギリシャの有名な実業家アリストテレス・オナシス(1906~1975)は、
商才を生かして成功し、海運王とうたわれた。
彼は結婚さえもビジネスの手段とし、
一度目は資産家の娘・アシーナと、
後にケネディ大統領の未亡人・ジャクリーンと再婚している。
そんな結婚生活の一方で、オペラ歌手のマリア・カラスを長年、
愛人とするなど、財力で思いのままの人生を生きた。
彼の死後、三歳の孫が相続した遺産の総額は一兆円ともいわれている。
最期の言葉はこうである。
「私の生涯は、黄金のじゅうたんを敷き詰めた
トンネルの中を走ってきたようなものだ。
トンネルの向こうには幸せがあると思い、
出口を求めて走ったが、走れば走るほど、
トンネルもまた長く延びていった。
幸福とは遠くに見える出口の明かりなのだろう。
だが黄金のトンネルからそこには、たどり着けないのかもしれない」


金や財、名誉や地位の無いのが苦悩の元凶ならば、
オナシスの一生は大満足のはずですが、
彼の言葉からは、そうは感じられません。


●欲望の追求が幸せか?他に道があるのか?


江戸時代、京都の紀伊国亦右衛門(きのくにまたえもん)は、
商才に恵まれ、経済的成功に向かっていましたが、
欲望のまま生きるのは、本当の幸福ではないと、
人生半ばで気づきました。


亦右衛門(またえもん)は、大きな商家で働く若い頃から、
才気豊かで利口だったので、大変かわいがられた。
ある時、主人が亦右衛門を呼んで言った。
「おまえは商才を持っている。金百両を与えるから、
思う存分好きな商売をやって一千両にしたら帰ってこい」


喜んだ亦右衛門は、早速、商売に出掛けた。
初めから大商いをしては失敗するかもしれぬ、
確実に利益をあげていこうと、
まず紙くずを買ってちり紙にすき直して売った。
3年間で三百両、5年間で千両の財産を作った。
「先年、頂きました百両で、千両の資本を作りました」
帰って挨拶すると主人は感心し、激励した。
「才能があると見込んではいたが、驚いた奴だ。
今度はその千両で一万両、作ってみよ」
5、6年後で彼は、千両を一万両にした。
主人が“今度は十万両に”と言ったので、
3年後にそれも成し遂げた。
欲が深まってきた主人は、さらにそれで百万両を、
と命じると、
「十万両を百万両にするのは、
百両を一万両にするよりたやすいことですが、
命あっての金であります。
どれだけあっても金は、これで十分とは思えません。
人間の欲には限りがない。
限りなき欲の奴隷に、私はなりたくはありません」。
亦右衛門は、キッパリ断って仏門に入っている。


●有る者は“金の鎖”、
      無いものは“鉄の鎖”で苦しんでいる


「無い」不安や苦しみを克服し、「有る」ようになっても、
そのことでまた新たな悩みが生じる。

経典にはお釈迦さまのこんなご教導があります。


田なければ、また憂(うれ)いて、田あらんことを欲し、
宅なければ、また憂いて、宅あらんことを欲す。
田あれば田を憂(うれ)え、宅あれば宅を憂う。
牛馬(ごめ)・六畜・奴ぴ・銭財・衣食(えじき)・什物(じゅうもつ)、
また共にこれを憂う。有無同じく然(しか)り

          (大無量寿経)
田畑や家が無ければ、それらを求めて苦しみ、
有れば、管理や維持のためにまた苦しむ。
その他のものにしても、皆同じである


金、財産、名誉、地位、家族、これらが無ければないことを苦しみ、
有ればあることで苦しむ。
有る者は“金の鎖”、無い者は“鉄の鎖”
につながれているようなもので、材質がなんであれ、
縛られ、苦しんでいることに変わりはない。

「有無同然」と、これを言われるのは、
不安や苦悩の根本原因を見誤っているからなのだ、
とお釈迦さまは教示されているのです。

釈迦の説かれた『観無量寿経』をアニメーションにした
『王舎城の悲劇』でも、お釈迦さまは、
この有無同然の説法をされています。


IMG_20161121_0002.jpg-1.jpg


物語の主人公は、釈迦在世中のインドで最強を誇った
マガダ国のビンバシャラ王イダイケ夫人
この王様夫妻は、世継ぎの無いことに悩んでいたが、
後にようやく太子・アジャセが誕生すると、
今度は彼の暴力によって苦しむようになる。
この家庭悲劇を縁として、二人は初めてお釈迦さまの法話を
聴聞するのです。


IMG_20161121_0003.jpg-1.jpgg


人々よ。
心の頭(こうべ)を垂れて、我が言葉を聞くがよい。
人は苦を厭い、幸せを求めている。
だが金を得ても、財を築いても、常に苦しみ、悩んでいる。
王や貴族とて、皆同じである

お釈迦さまの説法を大衆は静かに聞いている。
王夫妻もじっと聞き入る。
釈迦はこう続けられた。
それはなぜか。苦しみの原因を正しく知らないからである。
金や名誉で苦しみはなくならぬ。
無ければないで苦しみ、有ればあるで苦しむ。
有無同然である。
毎日を不安に過ごしている。例えば、子供のない時は、
ないことで苦しみ、子供を欲しがる。
しかし、子供があればあったで、その子のために苦しむ

家庭を振り返り、ハッとする王とイダイケ。
この苦しみの原因はどこにあるのか。
それは己の暗い心にある。
熱病の者はどんな山海の珍味も味わえないように、
心の暗い人はどんな幸福も味わえないのだ。
心の闇を解決し、苦しみから脱するには、
ただ仏法を聞くよりない。
この法を求めよ。心の闇が破れ、真の幸福が獲られるまで。
たとえ大宇宙が火の海原になろうとも・・・


IMG_20161121_0003.jpg-2.jpg


 


ここでお釈迦さまは、苦しみの原因を「己の暗い心」「心の闇」と
仰っています。
これは仏教で「無明の闇」といわれている心で、
これこそが苦しみの根元だと断定されています。

「無明の闇」とは、「死んだらどうなるか分からない、
死後に暗い心」のこと。

なぜこの心が苦悩の根元なのでしょう。


●人は死にゆく存在 
   その先は?


まず、死とは何か、見てみましょう。
新年が明けて今年の旅が始まり、はや一月。
(とどろき平成28年2月号より載せています)
年始とは一つ年を取って、死に近づいた一里塚のようなもの、
と有名な禅僧・一休は歌っています。


「門松は
冥土の旅の 一里塚
めでたくもあり めでたくもなし」
         (一休)


彼は人間を「冥土への旅人」だと言っています。
「冥土」とは「死後の世界」。
私たちは一日生きれば一日、死に近づきますから、
人生は冥土への旅に違いありません。
世界中の時計を止めてもそれは止まらず、
粛々と時は刻まれる。
万人共通の厳然たる事実です。


最も確実な行く先である「死」を、
私たちはどう捉えているでしょう。
「休息だ」「無だ」「恐ろしくない」と言う人もありますが
実際はどうか。
“いざ鎌倉”となると、誰もが“死に行く先はどうなるか”
だけが大問題となります。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
死を目前に「スピリチュアルペイン(魂の痛み)」が現れる


ガンなどの病気で終末期に至った患者には
「スピリチュアルペイン」という苦しみの起きることが、
最近の医学研究で解明されています。
多くの人を看取ってきた医師に聞いてみましょう。
本誌読者の内科医師、真野鋭志先生です。
例えば、ガンが進行した人には、
さまざまな苦痛に対応する緩和ケアが行われます。
終末期医療の進歩は著しく、
専門トレーニングを受けた医師や看護師が増えています。
ガンになっても痛みさえなくしてくれたら
死ぬのは何ともないよと言う人がありますが、
そんな簡単なものではありません。

ガンを告知された人には、身体的苦痛、精神的苦痛、
社会的苦痛があるといわれてきました。
しかしそれだけではなく、多くのガン終末期患者の観察研究により、
「スピリチュアルペイン」と呼ばれる苦痛があることが分かってきました。
スピリチュアルペインとは、魂の奥底から噴き上がってくる心の叫びです。
精神的苦痛には、抗うつ剤や抗不安剤が効果的ですが、
スピリチュアルペインは、生命の根本にかかわる深いレベルの痛みであり、
効果的な薬はありません。
次のような苦しみです。


私は何のために生まれてきたのだろうか(生きる意義に対する問い)
どうせ自分はもう長いことはないのに、
頑張っても仕方がない
(希望がないという訴え)
こんな私を誰も助けてはくれない(孤独感の訴え)
私は死んだらどうなるのか(死後の問題)


などの悲嘆として現れます。
身体的ケア、精神的ケア、社会的ケアだけでなく、
今日の医学では、このスピリチュアルペインの必要性が
強調されています。
治療者は患者に寄り添い、本人が、ガンとともに生きる意味を
見つけられるようギリギリいっぱいまでサポートしますが、
しかし、おのずと限界があり、根本的な解決にはなりません。
そして、この魂の叫びは、ガン患者だけではなく、
また死を目前にした人だけでもなく、自覚はしていませんが、
生きているすべての人が本来抱えている問題なのです。


IMG_20161121_0005.jpg-1.jpg


●現在と未来は切り離せない


誰にも等しく訪れる死が、いかに人の心をさいなむか。
この真野医師の話からも知られましょう。
未来が暗いと、現在が暗くなることを、
私たちは日常的に経験しています。


全国紙の人生相談には、こんな悩みも寄せられています。


「居住する団地の班長の役目が、3年後に回ってくるが、
自分は務まりそうにない。
自治会費を集めるくらいはできそうだが、
気の小さい自分には、団地の除草や清掃の手配などできそうにない」
                  (60代男性)
「間もなく姑を引き取って介護することになっている。
気性が荒く、暴言を吐く姑にはこれまでも苦しめられてきた。
夫は昼間は仕事だから、姑と2人きりで過ごさねばならないと
今から憂鬱」
                  (50代女性)


これらは、いずれも未来に対する不安です。
こんな悩みに“起きてもいないことをあれこれ悩んでも仕方がない”
と思う人もあるでしょう。
しかし、私たちが今を心から幸せに生きるには、
将来の安心が絶対に必要なのです。

「最近、体調が思わしくなくて、検査したら早期ガンだと言われた。
一週間後に手術なんだけど、完治できるのか今から不安で・・・」
未来に心配のタネがあると、今の心が暗い、
現在と未来は決して切り離せないものだと分かります。

自分を大切にする賢明な人ほど、
未来への準備を怠りなくしたいと考えます。
だから、
「一週間後に大事なテストがあるけど、とりあえず、
それまでは思い切り遊ぼう」
とはならないのです。
大事な未来があればあるほど、その準備に集中するでしょう。
すべての人の最も確実な未来が死です。
それに例外はありません。
「死ねばどうなるか」は、だから、すべての人の大問題。

無視できることではありません。
後生がハッキリせず、暗いままで、
明るい現在を築こうとしても、できる道理がないのです。


IMG_20161121_0006.jpg-1.jpg


●「後生暗い心」が“今”破られ
         無限に明るい未来へ


後生ハッキリしない不安を仏教で
「生死の一大事」とも「後生の一大事」ともいわれます。
仏教の目的である「抜苦与楽」の「苦」とは、
この「後生の一大事」の苦しみをいい、
「抜苦」とはこの一大事を解決することです。

「与楽」とは、大宇宙の仏方の本師本仏である
阿弥陀仏の本願力によって、
未来永遠に変わらぬ絶対の幸福にしていただくことです。

この抜苦与楽の身になることが私たちの人生の目的なのです。
先の真野医師もこう述べています。


私は、スピリチュアルペインは、仏教で教えられている
無明の闇(後生暗い心)の表出と理解しています。
スピリチュアルケアの重要性を説く人々は、
それがケアできるという前提に立っていますが、
仏教では、後生の不安は人間の力でどうにかなるものではなく、
平生に阿弥陀仏のお力によって解決していただく、
と教えていただいています。
ケア(一時的癒やし)ではなくキュア(治癒)。
弥陀は、「無明の闇」を生きている時に破り、
後生の苦しみを完治させてくださるのです。


大宇宙のすべての仏が師と仰ぐ阿弥陀仏は、
「全人類の無明の闇を破り、絶対の幸福に必ず救う」
という本願(お約束)を建立なさっています。

絶大なるこの本願力によって、平生の一念に無明の闇が破られ、
後生明るい心に救われますから、
“すべての人よ、早く阿弥陀仏に助けていただきなさいよ”
お釈迦さまは、一切教の結論として、
一向専念無量寿仏

弥陀一仏に向き、弥陀のみを信じよ
を説かれました。
これは地球のお釈迦さまだけのことではありません。
すべての諸仏や菩薩も皆、弥陀一仏を褒めたたえ、
早く無明の闇を破っていただき、必ず浄土へ往く身になりなさい
教え勧められているのだよ、親鸞聖人はこう和讃に仰っています。


無明の闇を破すゆえに
智慧光仏となづけたり
一切諸仏三乗衆
ともに嘆誉したまえり
」(浄土和讃)
阿弥陀仏を、一切の諸仏や菩薩たちが
「智慧光仏」と絶賛するのは、苦悩の根元である後生暗い心を破るお力が、
阿弥陀仏にのみあるからである。)


nice!(30)  トラックバック(0) 
共通テーマ:資格・学び

道綽禅師、浄土仏教こそ真実の教えと鮮明にされる! [聖道仏教と浄土仏教]

親鸞聖人が、七高僧の4番目に挙げておられる、
道綽禅師(どうしゃくぜんじ)について言われたお言葉に、

道綽決聖道難証(道綽は、聖道の証し難きことを決し、)
唯明浄土可通入(唯、浄土の通入すべきことを明す。)

と、正信偈にあります。
つまり、
道綽禅師が仏教を2つに分けられ、
『聖道仏教では助からないから捨てよ、
浄土仏教を信じなさい』

と、ハッキリ教えてくだされたばこそ、
親鸞、弥陀の救いに遇えたのだと、
道綽禅師の厚きご恩を喜ばれている
お言葉です。

EPSON049.jpg-1.jpg

●仏教に、2つある

では、道綽禅師が仏教を2つに分けられた、
とはどういうことでしょうか。
仏教とは、仏の説かれた教え、ということですが、
ここで「仏」といわれているのは、
約2600年前、インドで活躍された
お釈迦さまのことです。
お釈迦さまが、35歳の時、
最高無上の「仏」のさとりを開かれてから、
80歳でお亡くなりになるまでの45年間、
説いていかれた教えを、
今日、仏教といわれます。
仏のさとりまで到達された方は、
この地球上ではお釈迦さまお一人ですから、
これを「釈迦の前に仏なし、
釈迦の後に仏なし」と言われます。
「自称、仏」という人は時々ありますが、
自他ともに認める仏は、お釈迦さまだけです。
ですから「仏教」といえば、
この地球上では
「釈迦の教え」だけをいわれるのです。

ほかの何人(なんびと)の説いたものも、
仏教とはいわれません。


世の中には、お釈迦さま以外の名前を出して
「○○の仏教」などと言う人がありますが、
それは○○教と呼ばるべきものであって、
「仏教」ではありません。
繰り返しますが、
仏教とは、
「仏のさとりを開かれた、お釈迦さまの教え」
のみをいうのです。

道綽禅師が、その仏教を大きく2つに分けられた、
ということは、
「一人のお釈迦さまが、2つの仏教を説かれた」という、
突拍子もないことを言われているのですが、
実はこのように仏教を2つに分けられたのは、
道綽禅師が最初ではありません。
道綽禅師の500年前、
インドの龍樹菩薩が、
「難行道」と「易行道」に分けておられます。

また、道綽禅師の少し前の時代、
同じ中国の曇鸞大師は、
「自力の仏教」「他力の仏教」とおっしゃっています。
それを道綽禅師は、
「聖道仏教」「浄土仏教」と言われたのです。

EPSON050.jpg-1.jpg

●2つの仏教

「聖道仏教」とは、出家して山に入り、
厳しい修行に打ち込んで、
さとりを得ようとする仏教をいいます。
欲や怒り、ウラミ・ネタミの煩悩と闘い、
後生の一大事を助かろうとする教えです。

例えば聖道仏教の一つ、比叡山の天台宗は、
『法華経』の教えに従って戒律を守り、
さとりを開こうとする宗派で、
今日でも「千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)
といわれる荒行があります。
伝教(でんぎょう)が開いてより千数百年、
完遂した者はわずか、
途中で挫折すれば持参の短刀で
自害せねばならなぬ掟もある、
まさに命懸けの修行です。

それは、「行ずることが難しい教え」
ゆえに龍樹菩薩は「難行道」と言われ、
「自らの力」を励んで助かろうとする教えだから
曇鸞大師は「自力の仏教」と言われました。

現在ある聖道仏教の宗派は、
天台宗、真言宗、華厳宗、法相宗(ほっそうしゅう)などで、
これらすべてを聖道諸宗といわれます。

「浄土仏教」とは、
無上仏である阿弥陀仏のお力によって
救われる仏教です。
「すべての人を、
欲や怒りの煩悩のあるがままで、
この世は絶対の幸福に救い摂り、
死ねば必ず、
浄土往生の本懐を果たさせてみせる」
と誓われているのが「弥陀の誓願」であり、
この弥陀の救いを
明らかにされた教えが「浄土仏教」です。

弥陀に救われたお礼の念仏は、
弥陀によって称えさせられる易しい行だから
龍樹菩薩は、「易行道」と言われ、
まったく弥陀のお力(他力)によって
救われる教えだから
曇鸞大師は、「他力の仏教」と言われました。

このような龍樹、曇鸞のご指南にしたがって道綽は、
仏教を「聖道仏教」と「浄土仏教」に大きく分けられ、
「聖道仏教では一人も助からぬ。浄土仏教を信じよ」
と徹底して叫んでいかれたのです。

これを道綽禅師の「聖浄廃立」といわれます。
「廃立」の「廃」とは、廃物の「廃」で「捨てもの」ということ、
「立」は「立てるべきもの、信ずべきもの」ということ。
「捨てるべきもの」と「信ずべきもの」をハッキリさせ、
「捨てるべきものを捨てよ、信ずべきものを信じよ」と
教えることを、「廃立」といいます。
「聖道仏教では助からなかった」
と身をもって知らされ、

弥陀の本願によって救い摂られた
道綽禅師が、

釈迦の経典、先師の論釈にしたがって、
「弥陀一仏を信じよ」と徹底された教えが、
「聖浄廃立」であったのです。

では、その弥陀の救いにあわれるまでの、
道綽禅師の半生をうかがってみましょう。

●道綽禅師

道綽禅師は、1400年前の中国の方で、
当初は、聖道仏教の一宗派である
涅槃宗」に打ち込んでおられました。
涅槃宗とは、釈迦が最晩年に説かれた
『涅槃経』を信奉する宗派で、
当時の中国仏教界を風靡していました。
厳しい禅定や懺悔の行の実践を重ね、
「道綽禅師」の名は次第に四方に高まり、
衆人の尊敬を集めます。

しかし、当の道綽は、
深刻な壁に直面していました。
後生の一大事の解決を求めて、
座禅等の自力修行に励めば励むほど、
一向に定まらない
自己の本心が知られてくる。

身体は座禅していても、心は猿のごとく、
馬のごとく娑婆中を飛び回って、
動きずくめに動く。
悪を造る心は一瞬たりともやまない。

「私が悪を造る状態を例えるならば、
その激しさは暴風、
どしゃぶりの雨のようなものだ」

求めれば求めるほど、知られてくるのは、
救われる縁のない自己の姿。
「本当に座禅などの自力修行で、
この暗い魂の解決、できるのだろうか」

そんな時、たまたま曇鸞大師の旧跡・玄忠寺に
詣でた道綽禅師は、
曇鸞の行跡を記した境内の碑文を一読するや、
心に百雷(ひゃくらい)のごとき衝撃を覚える。
「曇鸞大師ほどの偉大な高僧でさえ、
四論宗の自力修行を捨てて
阿弥陀仏の本願他力をたのみ、
仙経を焼き捨てて
浄土教に帰依しておられるではないか。
まして私のような至らぬ者が、
自力修行によってさとりを得ようなどとは、
全く不可能であった」

ついに涅槃宗を捨て、浄土仏教に帰依されたのです。
48歳の時でした。
玄忠寺に滞在し、曇鸞大師の大著『浄土論註』に取り組まれ、
やがて弥陀の本願に救い摂られたのです

そのあとは、御恩報謝の念仏を
日々七万遍ずつ称えられ、
弥陀の本願を宣布していかれました。

『観
無量寿経』を解釈して有名な『安楽集』を著し、
聖道自力の仏教では
誰も助からないこと、
浄土仏教によってのみ
すべての人が救われることを、
明らかにされたのです。

しかもこれは、決して道綽禅師の独断ではなく、
次のように
釈迦自身が『大集経』という経典に
説かれている
ことなのだと、
おっしゃっています。


「我が末法の時の中の億億の衆生、
行を起し道を修せんに、
未だ一人も得る者有らず
と。
当今は末法にしてこれ五濁悪世なり、
唯浄土の一門有りて通入すべき路なり。

●仏教を説かれた目的は

ここで、こんな疑問が起きる人も
あるかも知れません。
「聖道仏教では助からないのに、
なぜ釈迦は説かれたのだろうか」
「仏の説かれた教えを、
捨てよとは、もったいないのではないか」

もっともな不審ですが、例えでお答えしましょう。

ビルや学校、住宅など「建物」を建てる時には、
「足場」が必要です。
「足場」を設けずに、
「建物」を建てることはできません。
しかしその「足場」も、
建設を終えれば全部取り払われます。
工事が終わり、目的の「建物」が完成したのに、
まだ「足場」が建物を囲んでいる、
ということはないでしょう。
いつまでも残しておくと、
見栄えが悪く、不便で、
子供が遊んでケガをする危険もあるからです。

浄土仏教は、目的である「建物」にあたります。
お釈迦さまが仏教を説かれた目的は、
この浄土仏教、すなわち「弥陀の本願」一つを
説かれるためでした。

そのことは、親鸞聖人の『正信偈』のお言葉、

「如来所以興出世(釈迦如来が仏教を説かれたのは)
唯説弥陀本願海(弥陀の本願、ひとつであったのだ)」

で明らかです。
ところが、
世界最大級の建物を建てるには、
それなりの足場が要るように、
大宇宙最高の妙法である
「弥陀の本願」を明らかにする時には、
どうしても、それ相当の準備が必要だった。

その足場に当たるのが、聖道仏教なのです。
経典の数でいえば、7000冊余りの一切経のうち、
浄土三部経の三巻以外は、
すべて聖道仏教の経典です。
具体的には『法華経』『般若経』『涅槃経』『華厳経』
『金光明経(きんこうみょうきょう)』
『解深密教(げじんみっきょう)』などです。

すなわち、
浄土仏教という建物を建て、
弥陀の本願を鮮明にするために、
それら7000余巻の
膨大な聖道仏教の教えを足場となされた

ということです。

EPSON051.jpg-1.jpg

しかし、建物が完成すれば足場は要らぬように、
すでに「弥陀の本願」が明らかになった今、
聖道仏教は必要ありません。

それどころか、
迷ってケガする人もあるので、
直ちに捨てなければなりません。

ですから、「助からない教え」を、
「それでは助からないから、捨てよ」
と教えるのは、
もったいないどころか、
釈迦の真意にかなったことになるのです。

もちろん、そのように「聖浄廃立」を叫んだならば、
いまだ釈迦の本意を知りえず、
聖道仏教に迷っている人たちからは、
激しい非難攻撃の嵐が吹き荒れることも、当然でしょう。

「弥陀一仏に向け」
と徹していかれた聖人の、
波瀾万丈のご一生を見れば明白です。

しかし、極悪の親鸞を救いたもうた、
広大無辺な弥陀のご恩を思えば、
どうして後ずさりできようか。
道綽禅師が、身命を賭して
「聖浄廃立」してくだされたばこそ、
弥陀の絶対の救いに親鸞、
いま遇うことができたのだ。
ご恩を深く仰がずにおれない
と、
そのご苦労を絶賛なされているお言葉が、

道綽決聖道難証(道綽は、聖道の証し難きを決し)
唯明浄土可通入(唯、浄土の通入すべきことを明かす)」

の二行なのです。

 

 


nice!(24)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ネットコミュニティ